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名越さんを偲んで [鎮魂と追慕のために(名越さんを偲んで)]

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古鷹山縦走時。


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名越さんを偲んで。 [鎮魂と追慕のために(名越さんを偲んで)]

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鎮魂と追慕の思いを込めて、山歩きをご一緒した方々や関係者の方々とともに、

名越さんとの思い出を記憶していきたいと思います。

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名越さんへの追悼文

私は、こんな素敵な人と知遇を得たことを深く感謝しています。

日本を代表する輝かしい登山活動実績がありながら、こんなにも謙虚な姿勢を見せてくれた人は、後にも先にも、名越さんが最初で、そして最後かもしれません。

初めての出会い時には、こんな感じで登場されました。あれは、かれこれ20年ほど前のことでしょうか・

当時まだ背広にネクタイのサラリーマン姿の私の前に、ヒラヒラの短パン・ノースリーブのシャツ・素足にゴム草履・・・。そして、名刺の代わりにいただいたのは、そのなんとも言えない優しげな、「まなざし」でした。

当時から、初めて出会う人に対しても、「肩の力を抜かせる、温かな物腰と語り口調」があった人でした。その場に居合わせた同行者に、『ちょっといい感じやな、あの人』とつぶやいたことを思い出します。昔から登山の世界では、「広島に名越あり」と言われるほどの有名な人だっただけに、どんなに怖い人かと思っていた当初の予想を見事に裏切ってくれました。

こんなこともありました。10数年前、私は活動拠点を大阪から広島へ移しました。縁故も少なく転居当時は、ほとんど仕事らしい仕事がありません。暇を持て余しパソコンばかりいじっておりましたら、トラブルが発生し、パソコンがうごかなくなりました。そこで、NTTのカスタマーサポートセンターへ電話して、トラブル処理の指導を受けたのです。

当初、「どこかで聞いたような声やな・・」とは思っていたのです。パソコン初心者であったので、サポートセンター担当者からの指示を集中して聞きながら、緊張してキーボードを操作しておりました。そんな私に担当者は、赤子を諭すかのように、手とり足とり誘導してくれ、見事にトラブルから復帰回復したのです!もちろん緊張から開放され、ほっと胸をなでおろし、担当者の方が神様のようにも思え、「ありがとうございました!!」と叫ぶように申し上げたら、間髪いれず、「清水さんでしょ~」との神?からの声・・・。

「は、は、はい、 え、え、? どちらさま?」・・・。 

「ふふふ、なごし、で~す!」

そんなヒョーキンな、なごしさんから4年ほど前に電話をいただきました。それから、なごしさんとのご縁が深まっていったのでした。そのご連絡の内容とは、「会社を早期退職して、プロの山岳ガイドになりたいんやけれど・・・」でした。私は、喜びました。なごしさんのような人に山岳ガイドの世界に入ってほしかったからなのです。

当時も今も、山岳ガイドや指導する人には、どちらかというと(上から目線)や(体育会系の頭まで筋肉)のようなタイプが多いのが現実なのです。なごしさんのような比類なき登山実績がありながらも、それに驕らず、偉そばらず、そして登山初心者のみならず、広義の自然活動へも温かい「まなざし」を持てる人にこそ、自然の素晴らしい世界へと誘導するガイディングをしていただきたいと願っていたのです。当時から、なごしさんは、「アルピニスト名越から、歩きニストなごしへ進化する」とも申されていました。

このようなウイットとヒューモアに富んだ、なごしさんとコンビを組ませていただき、4年前からスタートしたのが、「里山登山学校シリーズ」だったのです。フジトラベルの横尾さんと3人で事前に協議し、募集人員の限定・車内でのワンポントアドバイス・テーマ曲の選定などコンセプトをつくりました。ドボルザーク作曲の「遠き山に日は落ちて」をテーマ曲選んだのは、なごしさんでした。ワンポイントアドバイスの資料もなごしさんにより作成されました。

シリーズ開始当初のなごしさんは、やはり、短パン・ノースリーブ・ローカットの靴といった「れ、れ、れ?」といった風体でのご登場が多かったように記憶しています。登山が終わり、入浴した後には、素足にゴム草履が加わっていました。私が20年前に初めてお会いした際と変わらないお姿に、妙な感動を覚えたものでした。その格好の上に、背中にロープの入ったザックを背負いながら、自転車で古市のバス停から、颯爽と旭ヶ丘への上り急坂へ向かわれる後ろ姿には、孤高の清涼感を感じさせてくれました。

そんななごしさんの魅力が、参加者に浸透していくには、さほど時間は必要とされませんでした。エベレスト8000m無酸素登山、カナダ北極圏大岩壁登攀などなど、常人には真似のできないことを成し遂げてきた方が、自らのことを「ナゴちゃん」と呼んでくれと提案されました。そして、その提案は物の見事にというくらい、すんなりと受け入れられるくらい、ナゴちゃんの魅力にとりつかれた中高年女性のファンが拡大していったのです。そしてナゴちゃんの朝一番の挨拶も、いつのころからか、「まいど~!」に変わっていきました。

ナゴちゃんの魅力は、初対面の人の肩の力を抜かせてくれる「温かいまなざし」や、ウイットとヒューモアに富んだ「つぶやき」や「ギャグ」の一面だけでなく、ストイックなセルフコントロールへの凄さや、表立っては見えにくい部分への細かい配慮にも現れていました。

ヒマラヤ遠征時に被った重症度の凍傷を、自らの体験や見聞から正確な自己判断を下した上  で、医学の力に頼らず、サランラップでの自己処置と自然治癒力で完治させたこと・・・。

移動の車内で新聞を読みながら、片手には指の筋肉を強化する器具を絶えず握っていたこと。ただし、新聞は老眼鏡をかけながらお読みでしたが・・・。

富士登山の際、バテた参加者3人分の荷物を背負子に重ねながらも、普段どうりの足取りで、ひょいひょいと先頭をきって歩いたこと・・・。

水分不足になった参加者のことを考えて、余分の水が二リットル入った容器をザックの中に入れて運んでいたこと。冬場には、その容器に温かいお湯を自宅から入れてこられていたこと・・・。

私にとっても、「名越さん」が、「なごしさん」に変わり、そして、気持ちの中では、「ナゴちゃん」へといつの間にか進化?していっていたのです。ようやく、初めてお会いした20年前の短パン・ノースリーブ・素足にゴム草履といった姿へも「愛すべきナゴちゃんスタイル」だと認識することができてきたのに。孤高の生き様を貫きながらも、他者への温かいまなざしを持ち続けていたナゴちゃん。

ありふれた言葉になってしまいますが、ほんとうに残念でなりません。やるせない気持ちでいっぱいです。もっともっと多くの場所で、多くの時間を、ご一緒したかった。もっともっと多くのギャクを、多くのツブヤキをお聞きしたかった。そして、その温かい「まなざし」の源泉のありかを教えていただきたかった。

名越さん、なごしさん、ナゴちゃん。 あなたがよく行かれていたヒマラヤは、ヒマーアラーヤというのが語源であり、その意味は「白い神々の居処」だそうです。貴方の魂は、ヒマーアラーヤに戻っていかれたと信じています。そのヒマーアラーヤで必ず再会しましょうね。


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