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本日のラジオ出演、終了。8月8日に実施予定の、庄原市とのタイアップ企画を少々?宣伝。 [清水代表に関連する記事]

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本日のラジオ出演、終了。8月8日に実施予定の、庄原市とのタイアップ企画を少々?宣伝

三世代で歩こう神話の里山・吾妻山である。来月は、パキスタンの桃源郷フンザについて、である。さてと、今から8月下旬に実践する、屋久島での養生プログラムの最終ミーティングに出掛ける。そして明日は三瓶山でのプログラム。

ちょっと立て込み始める。明後日には松山へ。その翌日は剣山、そしてその次の日からは、富士山が待っている。


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これからのネパールへ。その95 [これからのネパールへ。]

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 これからのネパールへ。その95

キャラバンも10日以上を経ている。ここは、サルダンと呼ばれる集落である。私も風呂なし・紫外線浴び生活が板についてきた? 顔の黒さがチベット系住民並みとなっている。私の左にいるのは、今でも交流のあるチベットの若者(だった)、カルマ君である。

...

彼は、ドイツのNGO団体からの派遣で、このサルダンの小学校に赴任していた。それも、夏季のみ。冬季には降雪のために交通が遮断されてしまうためである。そして、チベット難民の2世である彼は、流ちょうな英語を話すので、さまざまな話を聞いた。

彼も、彼の知人も、河口慧海師が通過したであろうヒマラヤの諸峠から、なんとも安易にチベットへ入域していたのである。そして、カイラスと呼ばれる聖山への巡礼をしていたのである。ここサルダンという集落まで入ってくると、ヒマラヤ越えは意外にもすぐの場所なのである。

河口慧海師も、おそらくやサルダンまで来た時点にて、チベット入りを確信できたであろうろ想像していた。ちなみに、この1ケ月の調査キャラバンが終了した時点にては、この写真時の体重から、-10キロ前後のスリムな私に変身をとげている。

キャラバンが10日も過ぎてくると、持参食料のストックも減りはじめ、なおかつ、乾燥高地ばかりとなるので、現地調達も十分なカロリー補給ができなくなってくるのである。ダイエットに悩む方は、ぜひ二週間ばかりのヒマラヤ・キャラバンをお薦めする。

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地球の響きに耳を澄ます。 [世界の街角から]

清水 正弘さんの写真

 地球の響きに耳を澄ます。

昨日、クロアチアのドブロブニクをご案内したので、今日はその隣国スロベニアをご紹介しよう。この国の首都リブリャナは、イタリアベネチアから陸路半日くらいの行程にある。

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訪れたのは、2013年の1月だったか・・。現地でのミーティングに参加する為であった。東欧と呼ばれた諸国の一つであるスロベニアは、まだまだヨーロッパ経済の恩恵を受けておらず、ロシア経済圏時代の後遺症にも苦しんでいる。

しかし、それだけに『ちょっと憂いを含んだ』街の表情となるのである。特に、その表情は夕暮れ時などに顕著に現れるのである。厳冬期のリブリャナ、町のど真ん中である。


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なんというタイミング・・。 [人物往来]

 なんというタイミング・・。
実は、このたびのプチ小倉旅は、当初1泊2日の予定で検討していた。その主な目的地は、この記事にある宗像であった。沖の島には渡ることはできないので、宗像三女神(むなかたさんじょじん)が奉られている、宗像大社(福岡県宗像市)に行ってみようと思っていたのである。

それも、松岡正剛さんの古代に関する書籍を数日前から読んでおり、その中に宗像三女神に関する魅惑的な解説に接していた。と同時に松本清張さんの古代史解析についても松岡正剛さんの文章に接していた。

...

日程の関係上、どうしても日帰りとなるので、宗像はあきらめ、小倉と門司に仕切り直ししてのプチ旅行出発となった。ああ、無理をしても宗像へ行っとけば・・、とは思わない。これも何かの縁起と思い、次回以降の訪問を心待ちしておこう。
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宗像・沖ノ島遺産群を世界文化遺産候補に選定 ユネスコに推薦へ
産経新聞 7月28日(火)16時43分配信

 文化審議会の特別委員会は28日、平成29(2017)年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産の登録を目指す候補として、「宗(むな)像(かた)・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県)を選んだ。今後、閣議了解を経た上で、来年2月1日までに正式な推薦書をユネスコへ提出する。登録の可否は29年夏ごろに開催される世界遺産委員会で決まる。

 同遺産群は、玄界灘にある沖ノ島や、同島から南東に49キロ離れた大島に鎮座する宗像大社中津宮など5つの遺産で構成。大陸との海上交流が盛んとなった4~9世紀にかけ、航海の安全を祈る大規模な祭祀(さいし)が行われた。沖ノ島には、考古学的な遺跡がほぼ手つかずの状態で残されている。

 福岡県と同県宗像市、同県福津市が共同提案し、21年に世界遺産暫定リストに記載。ユネスコへの推薦は年1件に限られており、リスト入りしている「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」(北海道、青森、岩手、秋田)▽「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」(新潟)▽「百舌鳥(もず)・古(ふる)市(いち)古墳群」(大阪)-と競合した。

 特別委終了後、記者会見した東大教授の西村幸夫部会長によると、それぞれの自治体が文化庁に提出した推薦書原案の完成度などを比較した際、世界文化遺産の登録をめぐる地域性や時代性を超えた文化財としての普遍的価値や、将来的な保全体制の観点から、「宗像・沖ノ島」が最も高い評価を得たという。

 来年夏の世界遺産委では「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎、熊本)の登録が審査される。

 


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プチ小倉より戻る。 [清水代表に関連する記事]

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プチ小倉より戻る。それにしても、外国人ツーリストは倒れていないかな? とか、日本をキライにならないかな? と、真剣に心配するぐらい不快指数は、昇り竜状態。

余りに蒸し暑いので、屋外に子供の姿を見かけない。エアコンのあまり効いていない公共施設を避けて、アメリカ系のコーヒー屋さんに人だかり、、。

覗いてみたら、北極並みの冷気ブンブン。こりゃ、コーヒー飲まない子供も避難してくるわなぁ〜。さて、諸事情にて延期になった谷川岳でのプログラム期間を埋める書物を、小倉にて入手。今回は、古本屋ではない。

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松本清張、松岡正剛と、松が二つに、松岡の岡、松本の本で、岡本の太郎さんを一冊。それにしても、松岡さんにハマりすぎかな~? 松岡さんとの出会いは、インドでのヒッピー生活の際、同じ安宿に泊まっていた当時30歳代(私は20歳代前半)の旅人が、雑誌『遊』を見せてくれたことが発端だった。

帰国後、京都の本屋で雑誌のバックナンバーを購入した。しかし、その当時は、なにが書いてあるのか、ちんぷんかんぷん・・。ただ、装幀や挿絵の斬新な図柄などには心惹かれてもいた。

雑誌の隅々まで織り込まれた、妖しい空気感だけは、インド帰りの私にはどこか肌触りのいいものであった。それ以降しばらくブランクがあり、私自身30歳代半ばから東洋医学の徒となった以降、再び松岡ワールドにハマっていくようになる。

それは、当時(も今もかな?)鍼灸の専門学校では、どちらかと言えば、解剖学や生理学などの西洋医学の基礎知識とともに、鍼灸実技においても戦後のテクニックなどの勉学が中心であった。インドやチベット、そして東南アジアにて、伝統医療の現場やシャーマンなどとも実際に出逢った経験から、東洋医学の門戸を叩いていた私には、どうも学校の内容はしっくりとはこなかった。

今から思えば、当時の私は実技以上に、東洋の世界観や自然観、宇宙観というものを、鍼灸を通じて学びたかったのだろう。しかし、学校ではひとつも教えてくれない。というより、教えられない(人材とともに、国家資格へのカリキュラムの問題)状態にあった。そんな不満足感を、松岡ワールドが見事に埋めてくれていたのである。


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小倉プチ旅。松本清張記念館は、なかなか見応えがある。特に、昭和の疑獄事件に関する1時間半の映像は、まさに記録映画を無料で見ている満足度。 [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

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小倉プチ旅。松本清張記念館は、なかなか見応えがある。特に、昭和の疑獄事件に関する1時間半の映像は、まさに記録映画を無料で見ている満足度。

そして、小倉城もいい。その隣にある小倉城庭園では、日本の作法展示と、じごくてんごく展。これらも期待以上のもの。

予定以上に小倉にての滞在が延びたので、門司は次回に置いておこう。


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地球の響きに耳を澄ます。 [清水代表に関連する記事]

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 地球の響きに耳を澄ます。

画面からも、蝉時雨の大音響が聞こえてきそうな気配である。

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ここは、島根県仁多郡奥出雲町亀嵩(かめだけ)という土地にある、湯野神社参道入り口である。この神社には幾度も参詣している。というのも、この近くには、タタラ製鉄技法を継承する『日本刀剣美術保存協会』のタタラ工房がある。さらには、神社の南側に『玉峰山(たまみねやま)』と呼ばれる山もある。

島根県仁多郡奥出雲町・・・、そう、ここは『奥出雲』なのである。神話の故郷と言ってもいい場所。ヤマタノオロチが住んでいたといわれる鳥上滝(とりがみのたき)を山麓に有する船通山(中国山地の奥にあるのに、船が通る山、という名前が付けられてもいる)もある。

そんな土地に、この湯野神社は建っている。神社そのものの空気感も、他に類を見ないものであるが、なんといってもこの神社、とある小説のメイン舞台でもある。昭和の推理小説や古代小説の巨匠と言われる、松本清張氏作『砂の器』である。物語の冒頭シーンに、この神社が出てくる。神社本殿前で倒れている親子を助ける為に、亀嵩警察署の巡査が自転車で駆け付けるシーンである。

小説の内容は、お読みいただくのがベストであるが、この奥出雲地方の方言イントネーションが、東北弁に似ていることが大きなキーワードともなるのである。では、なぜ清張さんは、そこに目を付けたのか・・? それは、清張さんの実父がこの亀嵩の出身であったということである。

まま、そんなこともあり、本日は小倉までチョイ旅し、小倉にては松本清張記念館、そして、門司港レトロ内にある図書館にて、大陸交易史の書籍と出逢う時間をもってこようと思う。


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アーユルヴェーダ、って??  [行事案内(説明会・講習会・講演会など)]

アーユルヴェーダ、って?? 
初めて言葉を聞く人へ。
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アーユルヴェーダは、インド・ネパール・スリランカなどアジアにて、約5000年以上前に生まれた世界最古の 伝統医学です。
...
サンスクリット語のAyuh(生命・寿命)とVeda(科学・知識)を合わせた言葉からなっていて、生命科学、そして実践的な生活健康法として受けつがれてきました。

お釈迦さまもアーユルヴェーダを愛して、食事や生活にも取り入れて、後の教えにも大きな影響を与えたといわれています。そんな、アーユルヴェーダは、現代の世界中の自然療法や美容法の基礎になっています。

アーユルヴェーダは、「生命は、肉体と感覚器官、精神(思考)と魂(心)が結びついて支えあっている」と教えています。アーユルヴェーダの教科書では、「アーユルヴェーダは、健康な人にも、病いに苦しむ人にも、最善の道。その中には、病気の原因、症状、治療の方法をすべて教えている」といっています。

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私が所属している日本ホリスティック医学協会広島事務局主催の、連続健康セミナーの案内告知である。 [行事案内(説明会・講習会・講演会など)]

私が所属している日本ホリスティック医学協会広島事務局主催の、連続健康セミナーの案内告知である。

講師のカルキ・パラメソールさんは、ヒマラヤ山麓にも継承されてきた、伝統医療アーユルベーダ―の代々続く実践家のご出身である。すでに広島に20年以上も住まれているので日本語は堪能。...

現在広島にて、アーユルベーダ―の研究・実践活動をなされている。ご親戚には、ヒマラヤ山麓にて薬草ガーデンなども経営されているとか。数年前に一度講師として招聘し、それがご縁にて中国山地のとある施設にて、宿泊を兼ねたアーユルベーダ―実践(心と身体のトリートメント)をプログラムしたことがある。

その際には、早朝に森の中へと出かけていき、そこでのヨガ的ストレッチ、呼吸法、そして瞑想など。そしてさらには、薬草から採取されたエッセンスを元に配合されたものを喫茶するテイスティングなどもプログラムしたことがある。

このたびの連続講座においても、もちろんネパール震災支援の募金活動もおこなう予定である。さらに、再度、森や山の中での実践プログラムも検討してみたいと思っている


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最終的に、明日の石鎚山プログラムは天候不順により延期が決まった。主催母体が自治体なので、やむを得ない決断であろう。 [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

清水 正弘さんの写真

最終的に、明日の石鎚山プログラムは天候不順により延期が決まった。主催母体が自治体なので、やむを得ない決断であろう。

ということで、今宵は道後温泉にてリラックスタイム。来週からの谷川岳に備え身体のメインテナンス。


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私と同じ日本山岳ガイド協会所属の女性ガイドによる、里地里山探訪歩きの企画。 [ヘルスツーリズム企画案内(里地・里山歩き)]

私と同じ日本山岳ガイド協会所属の女性ガイドによる、里地里山探訪歩きの企画。

彼女は、長らく北海道の礼文島にてフラワーウォッチングの案内ガイディングをしてきた経験を持っている。


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地球の響きに耳を澄ます。 [世界の街角から]

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 地球の響きに耳を澄ます。

確か28歳だったと思う。ということは、1988年ということか・・。1979年にヒットした久保田早紀の『異邦人』のメロディがまだカラオケなどにても歌われていた時代である。この年の9月は、お隣の国韓国でのオリンピックムード一色であった。

...

その9月に、日本を出発し、シルクロードの西域南道を走破調査するプロジェクトに出掛けるのである。総日数は21日間。ソ連ではようやくペレストロイカという言葉が浸透しはじめているぐらいだから、当時の中国ではほとんどの人が人民服であった。

そんな時代に、シルクロードでも一番過酷な条件下(道路整備や沿線のインフラ整備において)に置かれていた、西域南道を走破することはアドベンチャーの領域でもあった。

ざっとの行程は、まず北京へ行き、熱烈歓迎を受ける。そして国内線で6時間も移動して(当時はそれくらいかかっていた)新疆ウイグル自治区区都ウルムチへ。当時は、資源開発もおこなわれておらず、郊外では長閑なオアシス風景が展開していた。トルファンなどにては、葡萄棚の下でウイグル娘らの舞踏に酔いしれた。

そして、さらに空路にて文明の十字路とも言われていたカシュガルへ。そこで、走破調査の為の諸手続き(特別入域許可最終調整や物資の補給、車両調整など)をおこない、とある日の早朝勇躍出発となったのである。

カシュガルを出発し、ものの1時間もすれば砂漠の端である。それ以降は、タクラマカン砂漠の南縁に沿った、未舗装道路(道路が途中で砂で消えている箇所や、崑崙山脈からの水で道が流失している箇所などもある)の連続である。

和田(ホータン)などのオアシスでは、カレーズと呼ばれる地下水路で冷やされたハミ瓜などにむしゃぶりついた。当時の西域南道は、まったく観光開発がされておらず、往時のシルクロードの姿を色濃く残していた。今から思えば、この時代の西域南道の写真などの記録は非常に貴重なものとなっている。

崑崙山脈を右手に、タクラマカン砂漠を左手に見ながら幾日ものキャラバンが連続していく。途中で宿泊する場所は、野戦病院のような場所ばかり・・。崑崙山脈の東側にある、アルティン山脈の中では、道を失い山中を彷徨するハプニングも発生した。

そんな走破調査行の中でも、忘れられないのは、楼蘭遺跡の近くにある『米欄(ミーラン)』と呼ばれる遺跡でのことである。写真は、そのミーラン遺跡を遠望している場面である。このミーラン遺跡では、到着時が日没となってしまい、この遺跡の中で野宿したのである。

その夜は、満点の星空であったが、何故か砂漠を風神が駆け抜けていったのである。我われキャラバン隊の10名弱くらいしか、その遺跡の中で野宿するものはいなかった。そんな砂漠の小さな小さな浮島のような遺跡を、強烈な風が舞い込んでくるのである。

おそらくや、昼夜の温度差がその風の背景にはあったのであろう。しかし、星空と崩れかけた遺跡の壁を見上げながら、シルクロードを旅する昔日のキャラバン隊も、おそらく同じような風音を聞いていたと思っていると、寝袋の隙間から流れ込んでくるタクラマカンの砂が愛おしく思えてくるのであった。


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地球の響きに耳を澄ます。 [世界の今!]

 地球の響きに耳を澄ます。

厳冬期(1月)のシルクロードである。2009年におこなった、天山南路(ウルムチ~敦煌)までの踏破調査の際のものである。

...

早朝には、路面が凍結し車のスピードが上げることができない。そして、日暮れも早いので行動時間が限られてしまう。

そんな中での総走行距離1000キロの踏査であった。こんな時期にシルクロードを移動する外国人、そして中国人もほとんどいない。ルート上では、すれ違う車両の多くは、軍事物資もしくは資源物資の運搬車両である。

夜にはマイナス数十度まで下がってしまう過酷な気象条件。中国でも内陸部にあり、砂漠地帯特有の乾燥気候であるので、冬季の冷え込みは半端ではない。物好きな人でも、あまり注目しないであろう。

しかし、その昔シルクロードを旅する往来者は、この冬季をわざわざ選んでいたのである。夏には40度を超える灼熱の砂礫帯が、人々の全身から水分を干上がらせてしまう。シルクロードの核心部であるタクラマカン砂漠のタクラマカンという言葉の語源は、『一度足を踏み入れたら、二度と帰ってこれない』ということであった。

冬季は過酷な冷え込みが立ちはだかるが、考えてみると『水分補給』には最適の季節となるのである。写真のように、降雪もある。そして厳しい冷え込みに、ラクダの背中に積み込んだ『氷』は融けることがない。

2009年の踏査は、そんな昔日の旅人が往来していた季節を選んだのである。昔の旅人が体感した季節とは、いかなるものだったのか・・。これが、このたびの調査の一つの柱でもあった。

20世紀末には、当時まだまだ開発されていなかった新疆ウイグル自治区の、カシュガルから敦煌までの、『 西域南道 』を踏査したこがある。ご存知のように、中国内のシルクロードは大きく3つ(ステップルートを入れて4つとの説もあるが)に分かれる。

タクラマカン砂漠の南端を巡る『西域南道』、沙漠の北端を巡る『天山南路』、そして天山山脈の北側・ゴビ砂漠をゆく『天山北路』。正倉院宝物殿に残る、国宝級の品々もこのいずれかのルートでジパングまで運ばれてきている。


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これからのネパールへ。その91 [これからのネパールへ。]

清水 正弘さんの写真

 これからのネパールへ。その91
ネパールヒマラヤ・世界の秘境を征く。
アッパードルポ(河口慧海師足跡・学術調査隊)...

サルダンという土地にアプローチしている途上、『天空の巡礼団』に出逢うのである。この巡礼団は、目指していたサルダンの謂う集落からのもの。

チベットの高地では、ヤクと呼ばれるウシ科の家畜動物が数十頭。その背中には、半月にわたる聖地での滞在に必要な家財道具や食料が積まれている。

チベット文化圏では、まだまだこのような集落をあげての巡礼が行なわれている。聞いてみれば、前日まで我われが滞在していたシェーという巡礼聖地へと向かうという。

標高5000mを行く、集落をあげての巡礼団。壮観であった。まるでお伽話の世界が目の前に繰り広げられている気分でもあった。

ヤクを導く男の掛け声、乾燥した大地に響き渡る蹄の音、標高5000mの高地に舞い上がる砂煙、巡礼団の一人一人の満ち足りた表情・・・、どれも鮮明に思い出すことができる。

人生の、記憶のアルバムの中でも、強烈に刻まれた1ページである。


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