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天城山・浄蓮の滝編


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これからのネパールへ。その27 ※ 復興への『土』とは

これからのネパールへ。その27 ※ 復興への『土』とは
写真は、4月25日の地震発生より一週間前、カトマンズ近郊の上空から撮影したもの)
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設計の基本は3つの「土」
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ぼくは住まいを設計するとき、「国土」と「風土」、「郷土」という「3つの土」を基本に考えています。

まず「国土」ですが、日本は狭く、土地代がべらぼうに高い。バブルが崩壊した現在でも、大都市周辺はサラリーマンが働きづめに働いても、せいぜい30坪の土地を買うのがやっと。欧米の映画に出てくるような、門から玄関まで車で行くような邸宅など望むべくもない。

となりと軒を接するくらい密集している住宅地が多い。狭い家でいかに楽しく住むかに知恵をこらさなければならないのがふつうです。この土地の制約をどうするかが第一。むろん法律的な制約もあります。

次に「風土」。日本の自然環境は、寒さが厳しい北ヨーロッパとはまるで違う。北海道東北のごく一部を除いて、梅雨どきから9月ごろまで蒸し暑い日が続きます。日本の建築は、この「湿気」とのたたかいです。最近はともすれば軽視されがちですが、湿気をいかに制するかが建築家に課せられた大きな使命なのです。

そして「郷土」、ふるさとであり、自分をいつも迎え入れてくれる心のよりどころ。日本人ならだれしも持っている潜在的な志向───ぼく流に言うと、DNAにしみこんだ感性に呼応する家をつくるってことです。

たとえば、長年ニューヨークにいてアメリカナイズされた生活を送っていても、畳であぐらをかいたり、熱い五右衛門風呂につかって頭からザブッとお湯をかぶると、しみじみと心が癒される感じがするとか、京都に行くとなんだか安心するとか、目には見えないけれど、脈々と意識の底に流れているもの、それがすごく重要なんですね。

最近のガングロの若い子がド派手な浴衣を着ても、なんとなくしとやかに見えてしまう、そんな日本人の心の底にあ伝統をどう住まいに取り込んでいくか?

ところが明治以降、我々は欧米に追いつき追い越せでハイスピードで近代化をおしすすめてきた。ことに戦後の嵐のような欧米化で、意識や文化までも右ならえとまねてきたわけだけれど、根っこの部分、つまり「土」の部分は、日本人であることをまぬがれないわけです。なのにカタチだけ欧米の住宅になって、暮らしや感性、家族のありかたと住まいとがチグハグになっているのが現在の姿だと思うんですよ。

天野彰氏・建築家

1943年愛知県生まれ。日本大学理工学部経営工学建築学科を卒業。1967年に一級建築士事務所アトリエ4A設立。74年、建築家集団「日本住改善委員会」を組織し、以来一貫して生活に密着した住まいづくりやリフォームを追究している。

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これからのネパールへ。その25  ※ 物語の再生

 
これからのネパールへ。その25  ※ 物語の再生
(写真は、ヒンズー教徒の聖地・荼毘の風景、カトマンズにあるパシュパティナート寺院にて)
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物語が生まれる社会の豊かさ
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最近では払は、豊かさとは、さまざまな物語が生まれていくことだ、というように考えています。自然の物語、人間の物語、自然の偉人さに気づいたときの物語、出会いの物語、技を身につけていく物語、村や街の物語、死を迎えたときの物語…….

そういったさまざまな物語が生まれ、語り継がれてゆく。そんな社会のなかに、豊かさは芽生えているのではないかと。ところが、そう考えていくと、現在では、物語など生まれそうもない世界が大きく広がってしまっている。

「進歩」や「効率」、「人生のスケジュール」に追われるばかりの社会。「時=刻」を失って、「時間」を浪費するばかりの社会、さらに、「合理性」だけに支配された社会から、はたして、「物語」など生まれてくるのでしょうか

あるいは、「深めてゆく」喜びを失った社会から、「物語」は生まれるでしょうか?私たちは、根源的なものを変えなければいけない時代に立たされているような気がします。ですから、21世紀に対しても、新しい目標をかかげ、それを実現しようとして走るのではなく、20世紀の、そしてこの近代の精神の習慣を変える試みから、私は21世紀を考えてみたいのです。その出発点として、過去を読み直し、未来に何を残してゆくかが問われると思うのです。

内山節・地域の作法より

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