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シリーズ・清水代表の未発表原稿から [清水代表に関連する記事]

 シリーズ・清水代表の未発表原稿から
ダンディな男になる為の旅教書(仮題)』から
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第二章 世を捨てて旅に出よう vol011 

コンビニエンスストアに行かない旅、マクドナルドへ行かない旅

ひと昔まえ、日本国内を旅するとき、ときどき不便を感じることがあった。小腹が空いたとき、田舎町をいくら歩いても、食べ物を売っている店がない。あるいは、ちり紙やつめ切りといったちょっとした消耗品が要るときも、なかなか手に入らない。そんな時代が、いまは嘘のようである。コンビニエンスストアのおかげで、日本全国どこへ行っても、ある程度モノに不自由しなくなっているのだ。

なにしろ、人口二〇〇〇人に満たないくらいの村にも、コンビニエンスストアがある。JRの田舎駅にも、コンビニエンスストアが入っている。日本全国どこへ行っても、コンビニエンスストアをわりと簡単に探し出せ、おかげで何かと便利な思いをさせてもらっている。小腹を満たせるだけでなく、歯ブラシタオル、鬚剃りまでも、コンビニで買えるのだ。

日本国内だけではない。アジアにいま、コンビニは広がっている。ソウルバンコクには数えきれないくらいあるし、ネパールのカトマンズのような僻地にさえ、コンビニが立っている。コンビニに行けば、現地の言葉を無理に使う必要もない。無言で買い物までできる。

これはたしかにありがたいことではあるが、怖いことでもある。一つには、あまりに日常と結びつきすぎているからである。これでは、自分の住む土地でないところ行った気があまりしないのではないか。

さらには快適さ、便利さに頼りすぎて、旅の感覚が鈍ってくる。それは、旅の楽しさを奪うものでもある。


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カトマンズからゴミが消えた。 [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

写真: カトマンズからゴミが消えた。

今回は驚いてしまった。あの?カトマンズからゴミが消えた!  道幅も拡幅がなされ、ゴミが落ちていない!

現地ガイドによると、 週2回もボランティアにて川の清掃をしているとか。でも、まだまだそこかしこに、写真のような露天屋も踏ん張っている。

 カトマンズからゴミが消えた。

今回は驚いてしまった。あの?カトマンズからゴミが消えた! 道幅も拡幅がなされ、ゴミが落ちていない!

現地ガイドによると、 週2回もボランティアにて川の清掃をしているとか。でも、まだまだそこかしこに、写真のような露天屋も踏ん張っている。


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どう? そこのジャパニーズ! 乗ってかない? [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

写真: どう? そこのジャパニーズ! 乗ってかない?
安〜しときまっせ〜!

 どう? そこのジャパニーズ! 乗ってかない?
安〜しときまっせ〜!


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シリーズ・清水代表の未発表原稿から [清水代表に関連する記事]

シリーズ・清水代表の未発表原稿から
『ダンディな男になる為の旅教書(仮題)』から
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第二章 世を捨てて旅に出よう vol010

こんな状況のなかにあって、聖地を求めて立ち上がるのは、旅人以外にないのだ。行政に任せず、自分で自分なりの聖地を探していったほうがいい。たとえば、焼酎好きなら、その造り手を訪ねて歩くツァーを考えたっていい。

最近の焼酎ブームのなか、焼酎の裏ラベルを見ると、九州をはじめ日本の各地に蔵がある。対馬や種子島など離島の造り手であることも少なくない。そうした造り手を訪ね歩けば、さらに焼酎が美味しくなることはたしかだろう。日本酒ファンなら、日本酒の造り手をいくらでも歩いて回れる。

とくに最近は、代替わりによって急速に味のよくなった造り手も多いと聞く。そんな新興の造り手と老舗をあれこれ比較するとき、ただ飲むだけでなく、足を使い目で見て体で感じるなら、より味わいは深いものになるはずだ。

おかしなもので、日本ではまだこの手のツァーがほとんど組まれていない。はるばるフランスまでワイン畑や蔵、シャトーを巡る旅に出掛ける日本人がちらほらいるにもかかわらずである。

いまフランスのワインの聖地ともいうべきブルゴーニュやボルドーに向けては、日本人のツァー客も訪ねて行っているし、個人のお客もいる。人によって、ブドウ畑を数時間も歩き、「ああ、ここがシャンベルタンの畑ね」と喜んでいる。それなのに、日本人が日本酒の蔵を歩くケースというのは少ないのである。

何度かワインブームがあったとはいえ、日本人にとって一番身近なアルコールといえば日本酒だ。その日本酒の蔵元巡りの旅がもっとあってもよさそうだが、そうはなっていない。

あるいは、文学でもそうだ。パリを訪ねたとき、バルザックゆかりの地、小説に登場したと思われる土地を散策するバルザック好きはいるはずだ。ところが、三島由紀夫のファンでも、彼の小説に出てくる土地をあれこれ歩く人は、バルザック好きほどにはいないと思う。

日本の文学にあっては、せいぜい太宰治ゆかりの津軽を歩く若者がいるくらいで、あとは意外に歩かれていない。聖地となるべき土地が、そのまま眠っているのだ。

日本人はじつは聖地を眠らせたままにしているのだ。それはもったいない話でもあり、怠慢な話でもある。もし旅人がそうした聖地をあまり歩かないのなら、再開発によって、元の風景が目茶苦茶にされることだって考えられるのだ

聖地の人気があまりに高すぎるのも問題だが、まったくないというのも困った話で、聖地を支えるのは旅人なのである。旅人が多く集まるなら、そこに住む住民やお役所だって考えてくれるようになるのだ。


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第二章 世を捨てて旅に出よう vol09

旅の掘り起こし人になったつもりで、聖地を探してみよう

聖地探しは、宝探しのようなものである。世界は年々狭くなってきているとはいえ、お宝となる場所はまだまだいくらでもあるのだ。そのことに気づくかどうかで、人生の膨らみ方が違ってくるのだ。

いまのところ、日本ではお役所が聖地づくりに血道を挙げている。町おこし、村おこしの延長線上で人を呼び寄せるため、自分の町の特色づけがいろいろな形で行われている

桜並木をきれいに整えて桜の名所になろうとする村があったかと思えば、温泉を掘り起こし、温泉で少しでも人を集めようという町もある。また有名な画家や漫画家、作家を輩出した町なら、彼の記念館を建てて、これを売り物にする。

なかには鳥取県境市の水木しげるロードのようにヒットなったところもあるが、その多くは討ち死にである。最初の数年は何とか話題づくりができたとしても、そのあとがつづかない。○○記念館や××の小道は、ゴールデンウィークでもスカスカの入りという話は珍しくもないのが現状だ

 こには、観光資源の乏しさもあるだろう。有名な画家の記念館を建てても、肝心の所蔵品が少なければ話にならない。あるいは、本物はどこかにいってしまい、模造品だけが陳列されていたのでは、これまた二度と相手にされない

ほかにも、ダメな理由はある。多くの聖地は、お役人の手によって「これならウケるかもしれない」という思惑でつくられたものだ。聖地を探す側の思惑は、あまり入ってきていない。そんなわけだから、いくらお金を注いで聖地を整備しようとしても、巡礼者はやって来やしないのだ。


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第二章 世を捨てて旅に出よう vol08

そして旅を重ねていくうちに、自分の中の聖地のイメージがさらに具体化されるだろう。分の中につぎつぎと聖地が現れ、そこを目指したい気持ちが強まってくる。そうなると、日常生活もまた強い意味を持ってくるし、日常生活もまた豊穣なものになっていく。

もちろん、旅をしながら聖地を探したっていい。いまの生活にどうにも合点がいかず、物足りないとき、旅に出てみるとどうだろう。いままでにない文物を見ることで、自分の追いかけたいものがうっすらと見えてくることだってあるのだ。

この聖地は、自分でつくるものであり、他者からの借り物ではつまらない。だから、深田久弥おさがりの百名山では詰まらないのだ。日本で自分のオリジナル百名山をつくったっていいし、あるいは世界に目を向けてもいいだろう。世界、それもわりと近いところに、百名山に劣らない名山がある。それは、まだ無名の山々だが、いずれ人気の出るだろう山々だ。

登山については、世界的な人気スポットがある。エベレストのトレッキング、カナディアン・ロッキー、モンブランをはじめとしたヨーロッパ・アルプス、ニュージーランドの森林浴が、おそらく四大人気どころだろう。これに、アフリカのキリマンジャロへの登山がつづくだろうか。

私がお勧めするのは、そんな人気どころではない。韓国台湾、さらには東ヨーロッパの山々だ。わりと知られていないが、このあたりにはいい山が多いのだ。つまり登って楽しく、風景もまた素晴らしいというものだ。

とくに、韓国の山々はいま整備されてきていて、日本人でも登りやすくなっている。じつは、韓国でも日本に十くらい遅れるような恰好で、登山ブームが始まっているのだ。ブームの中、登山ルートや施設が整備されてきて、韓国の山々を知るのにいい状況ができあがりつつある。

台湾の場合、韓国より整備が遅れているが、しだいに山に関心が持たれつつある。東ヨーロッパの場合、まだ登山ブームといったものはない。けれども、西側の資本が入ってくると、日本人でも行きやすくなると、私は考えている。


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第二章 世を捨てて旅に出よう vol06 

百名山というのは、一つのブランドにすぎないのである。ブランドはすぐれたものの代表であり、すぐれたものを何かを教えてくれるが、それ以上のものではない。そのブランドばかりを追いかけているのでは、その辺の女子大生と変わらなくなってしまうのだ。

これは、登山における百名山だけの話ではない。旅全般にもかかわる話である。旅に出掛けるときも、この“百名山”的なものに頼りすぎてはいないだろうか。旅行会社のパンフレットを見れば、いま一番のブランドは「世界遺産だろう。中高年の中には、世界遺産をどれだけ訪問できるか、その数を競う人もいる。

もちろん、世界遺産はすばらしいものだし、そこにわざわざ出掛けるというのは、大したものである。あちこちの世界遺産を巡るには体力や精神力は要るから、それはそれでいいことなのだが、世界で価値があるのは何も世界遺産ばかりではないだろう。

人によっては、世界遺産に登録されることのまずないような代物に興味を持ち、そこに行きたがる。むしろ、そのほうが健全ではないか。 世界遺産にあまりに行きたがるというのは、世の中に振り回されているのだ。

これまでの人生、会社や世の中にさんざんに振り回されてきたくせに、これからも世の中に振り回されたがっているようなものだ。これでは、旅が生きない。

ふつう世界遺産を巡っていれば、いろいろな分野に関心や興味がわいてくるだろう。鳥類の生態や街の成り立ち、紋章の特色、ふだん気にしないことでも興味がわいてくる。もっと、そっちのほうへ興味をシフトしていってもいいのではないか。

そんなさして意味もなく、無駄に見えることができるかと批判する人もいるだろうが、人生そのものが過剰な無駄ではないだろうか。意味があるようで、じつのところ定かでない。そう考えるなら、無駄な瑣末にもっと興味を持てる。そのほうが、楽しくなりはしないか。


 


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第二章 世を捨てて旅に出よう vol05 

肩書が重荷であったと気づく旅

●いつまでも百名山では、サラリーマン根性は抜けっこな

最近の中高年登山ブームは、とどまるところを知らない。私もよく彼らに同行するが、彼らのパワーには敬服する。とともに、一種の物足りなさを感じないでもない。彼らの登山が少しワンパターンだからだ。

中高年の登山ブームを支えるものの一つは、百名山信仰である。深田久弥が選んだ百姪山をすべて制覇したいと、山に登るのだ。たしかに、目標を持つのはいい。深田氏が選んだ百名山は、すべて納得する山ばかりである。けれども、山はほかにもたくさんあるのだ。

それも、百名山に劣らないくらいすばらしい山が日本にも、世界にも数々ある。そこに目がいっていないのだ。これではいささか幼稚だといわれてもしかたないだろうし、ちょっと世俗的すぎる。サラリーマン生活は嫌っているくせに、サラリーマン根性が抜けきらないのだ。

登山をはじめて最初のうちは、百名山をありがたがるのはしかたない。名山とふつうの山の差がわからないときに、その差を百名山は教えてくれる。一つのスタンダードを知るには、百名山はいい手掛かりにもなるのだ。

そのスタンダードを知ったあとは、自分の目や情報をもとに、目指す山を探してみてはどうだろうか。そのほうが、より山に興味を持てるし、山についての関心の幅も広くなる。

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下記は、現在「健康ツーリズム研究所」のフェイスブックページにて連載している、未発表原稿「ダンディな男になる為の、旅学教書(仮題)」の草稿段階での一部分である。「安定感を捨てて旅に出よう」の草案部分の生原稿である。本づくりは、まずこのように頭の中で思いつくままのフレーズを箇条書きにしてゆく作業から始まる。 [清水代表に関連する記事]

下記は、現在「健康ツーリズム研究所」のフェイスブックページにて連載している、未発表原稿「ダンディな男になる為の、旅学教書(仮題)」の草稿段階での一部分である。「安定感を捨てて旅に出よう」の草案部分の生原稿である。本づくりは、まずこのように頭の中で思いつくままのフレーズを箇条書きにしてゆく作業から始まる。
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旅先では『安定感』を捨てて、『浮遊感』を得よう、に関して。

民俗学者の柳田國男によると、『旅』の語源は『給え』らしい。現 金が介在しなかった時代には、お互いに不足する物資を求めて、 移動しながら『給え』作業をしていた

日常に不足する目に見えるモノは、都会では半径100m以内にある コンビニで賄う。しかし日常に不足する、目に見えないモノ(コ コロ)はコンビニでは買えない。

ココロの不足品を求めて、いざゆかん!旅の空の下・・。
  旅はココロとカラダの双方を浮遊させてくれる。
   
★ 敵もさるもの (オンナの旅スタイル
   
  未婚のオンナの旅は、現実を超越した浮遊感を求めているが、  既婚のオンナは旅にあまり浮遊感を求めていないのではない   か?

  オンナが国際結婚すると、すぐに相手方の言葉を覚えるのに時  間がかからないことと関連性があるかも・・。言葉を文法など  の理屈で解釈しようとはせず、体感感覚で覚える(幼児と同   じ)から早い。

  この体感感覚は、当然差異のある属性(民族や言葉、文化など  の集合性)にオンナはあまりとらわれず、自分中心(自分の子  宮を中心に)で物事を解釈する、たくましい厚かましさを有し  ているからかも。

  その点、オトコは絶えず子宮の中で浮遊する精子の時代の面影  を引きずっているのではないだろうか。
  それでは、いっそのこと、その引きずってきた浮遊感中高年  になっても具現化してみてはいかがだろうか

  その昔から、私度僧などという生き方を選ぶ男や、修験者にな
  り山野を徘徊する世捨て人的人生を送る男たちがいた。明治時  代の神仏分離政策によって、17万人といわれた全国の修験者が
  職を失ったという。

  たった、100年そこそこ前の日本では、それだけの数の男たち  が、メンタルな修行のために、何かを捨てて何かを得ようとす  る人生を送っていたのである。


 


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下記は、現在「健康ツーリズム研究所」のフェイスブックページにて連載している、未発表原稿「ダンディな男になる為の、旅学教書(仮題)」の草稿段階での一部分である。「孤立感を捨てて旅に出よう」の草案部分の生原稿である。本づくりは、まずこのように頭の中で思いつくままのフレーズを箇条書きにしてゆく作業から始まる。 [清水代表に関連する記事]

下記は、現在「健康ツーリズム研究所」のフェイスブックページにて連載している、未発表原稿「ダンディな男になる為の、旅学教書(仮題)」の草稿段階での一部分である。「孤立感を捨てて旅に出よう」の草案部分の生原稿である。本づくりは、まずこのように頭の中で思いつくままのフレーズを箇条書きにしてゆく作業から始まる。
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一人旅で捨てよう!社会や家庭からの孤立感・・・、に関して。
 
昔のオヤジは、すでに家庭の中では孤立していた。しかし『権威』 という傘を広げた孤立は、非常にいごごちのいい孤立感である。

現代のオトーサンにはその権威が無くなった上での孤立が待ってい る。しかし、動じるな!世のオトーサン。

一人旅の経験からは、自らのアイデンティティの擬似喪失感を感じ られる。無力さの中から、見えてくる等身大の自分をしっかり見 つめておこう。

そもそも、人間は生まれたときも、死ぬときも、「一種の孤立感」を伴う人生を送ってきたのである。どんなに家族や関係者に見送られる最期を迎えても、一緒にあの世に旅立ってはくれないのである。

ただ、あの世に行けば、先に旅立った友人・知人・家族の多くに再び出逢えるのでもある。孤立感・孤独感というのは、そのための通過点というふうにも考えられないものだろうか・・。


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