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清水代表のラジオ出演


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シリーズ・清水代表の紀行エッセイ

写真: シリーズ・清水代表の紀行エッセイ
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手荒な男の休日

数年前、厳寒の二月に極東ロシアを訪れた。ダイヤモンドダストが空気中に舞うぐらい凍りついていたある日、ロシア人の知人が「伝統的な男の休日の楽しみ方を教える」と私を誘った。アルセニエフという町から車で三時間ほど。周りに何もない田舎の一軒家へと連れていかれた。氷と雪が家を取り巻き、雪の上には狼の足跡が残っていた。

マイナス二十度。誰も住んでいないその家に入ると、外気温以上の薄ら寒さを感じた。部屋に入るなりペチカの火をつけ、ロシアの男たちは安物のウオッカの瓶を回し始めた。二時間後、暖炉の上ではボルシチの鍋がグツグツと煮えていた。部屋の温度は二重窓によってどんどん上がり、われわれは全員上半身裸となった。

そのうちに夜も更け、素朴で骨太のロシア男の休日は佳境に入っていく。

「俺は、狼の遠吠えを子守歌にしていたんだぞ!」「なに!俺はオフクロからウオッカの乳をもらったんだ!」「ならば、俺もいわせてもらうが、このヒゲは熊の王からもらったんだぞ!」他愛もないホラ話の合間には、男たちの哀愁をおびたロシア民謡が夜のしじまに流れてゆく。

ウオッカ、ボルシチ、歌ですっかり体と心がホッカホッカ状態になったとき、男たちはみんな服を脱ぎ始めた。「サウナヘ行こう!」。庭先には、隙間風が吹き込む掘っ建て小屋があった。私も素っ裸で、雪の上を走りその小屋へ駆け込んだ。隣り合った人の汗を落とすために、白樺の葉で背中を叩き合う手荒い歓迎が待っていた。

 最後の仕上げは、素っ裸のまま奇声をあげて小屋の外へ出て、雪の上にジャンプするのである。私は雪の中でガチガチと震えながら思っていた。日本でも、男たちが素朴で力強い休日を過ごしていた時代があった。

粗野で手荒いが、互いの心の力こぶを共感していた時代が。しかし、現在。休日はうかうかゴロ寝もできず、買い物につきあうと、階段の踊り場で待ちぼうけ仲間がいるが、悲しくも共通の話題がない。

 男たちは、所属する組織の外での心の鎧の脱ぎ方を忘れてしまい、加齢とともに無口になっていく。休日には、接待ゴルフで作り笑いを浮かべるよりも、ユーモアあふれるジョークの一つでも考えてみたいものだ。

 シリーズ・清水代表の紀行エッセイ
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手荒な男の休日

数年前、厳寒の二月に極東ロシアを訪れた。ダイヤモンドダストが空気中に舞うぐらい凍りついていたある日、ロシア人の知人が「伝統的な男の休日の楽しみ方を教える」と私を誘った。アルセニエフという町から車で三時間ほど。周りに何もない田舎の一軒家へと連れていかれた。氷と雪が家を取り巻き、雪の上には狼の足跡が残っていた。

マイナス二十度。誰も住んでいないその家に入ると、外気温以上の薄ら寒さを感じた。部屋に入るなりペチカの火をつけ、ロシアの男たちは安物のウオッカの瓶を回し始めた。二時間後、暖炉の上ではボルシチの鍋がグツグツと煮えていた。部屋の温度は二重窓によってどんどん上がり、われわれは全員上半身裸となった。

そのうちに夜も更け、素朴で骨太のロシア男の休日は佳境に入っていく。

「俺は、狼の遠吠えを子守歌にしていたんだぞ!」「なに!俺はオフクロからウオッカの乳をもらったんだ!」「ならば、俺もいわせてもらうが、このヒゲは熊の王からもらったんだぞ!」他愛もないホラ話の合間には、男たちの哀愁をおびたロシア民謡が夜のしじまに流れてゆく。

ウオッカ、ボルシチ、歌ですっかり体と心がホッカホッカ状態になったとき、男たちはみんな服を脱ぎ始めた。「サウナヘ行こう!」。庭先には、隙間風が吹き込む掘っ建て小屋があった。私も素っ裸で、雪の上を走りその小屋へ駆け込んだ。隣り合った人の汗を落とすために、白樺の葉で背中を叩き合う手荒い歓迎が待っていた。

 最後の仕上げは、素っ裸のまま奇声をあげて小屋の外へ出て、雪の上にジャンプするのである。私は雪の中でガチガチと震えながら思っていた。日本でも、男たちが素朴で力強い休日を過ごしていた時代があった。

粗野で手荒いが、互いの心の力こぶを共感していた時代が。しかし、現在。休日はうかうかゴロ寝もできず、買い物につきあうと、階段の踊り場で待ちぼうけ仲間がいるが、悲しくも共通の話題がない。

男たちは、所属する組織の外での心の鎧の脱ぎ方を忘れてしまい、加齢とともに無口になっていく。休日には、接待ゴルフで作り笑いを浮かべるよりも、ユーモアあふれるジョークの一つでも考えてみたいものだ。


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シリーズ 清水代表活動レポート

写真: シリーズ 清水代表活動レポート
ラジオ生出演終了

 シリーズ 清水代表活動レポート
ラジオ生出演終了

 本日のお題は、来月80周年を迎える、瀬戸内海国立公園(日本で最初に認定された)についてであった。


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世界遺産の島・小笠原諸島への旅 3月11日より

写真: シリーズ・健康ツーリズム実践編・予告編
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世界遺産の島・小笠原諸島への旅 3月11日より

世界自然遺産への養生企画。これまでに自然遺産としては、屋久島・白神山地でのプログラムを実践してきた。あと日本で残っている自然遺産は、小笠原諸島と知床である。本年は、その残されていた二つへの養生プログラムを実施予定である。

まず、小笠原諸島へは、来月に実施。そして、知床には、本年中に企画している。まずは、小笠原への予習の意味もあり、シリーズで小笠原諸島について学習してみよう。
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(まずは、位置とアクセス)公的ウェブから。

父島・母島には空港がなく、船でしか行くことができません。定期航路は東京・竹芝桟橋との間にのみ開設されており、およそ週に1便(GW、夏休み、年末年始などは週に2~3便)のペースで「おがさわら丸」が就航しています。

なお、母島には父島から別の定期船「ははじま丸」に乗り継いで渡航していただくことになります。 およそ週に1便運航されている「おがさわら丸」ですが、曜日は不定で、具体的なダイヤは運航会社である小笠原海運のホームページに掲載されています。

どの便も東京を朝10時に出港し、翌11時30分に父島に到着。おがさわら丸」はそのまま父島に3泊、停泊し、出発から5日目の14時に父島を出港、翌15時30分に東京に到着します。

したがって定期船を利用した小笠原への旅行は必ず5泊6日の期間が必要です(GW、夏休み、年末年始などは父島に停泊せずピストン輸送が行なわれますが、その場合でもダイヤの都合で5泊6日の旅行となります)。

世界遺産の島・小笠原諸島への旅 3月11日より

世界自然遺産への養生企画。これまでに自然遺産としては、屋久島・白神山地でのプログラムを実践してきた。あと日本で残っている自然遺産は、小笠原諸島と知床である。本年は、その残されていた二つへの養生プログラムを実施予定である。

まず、小笠原諸島へは、来月に実施。そして、知床には、本年中に企画している。まずは、小笠原への予習の意味もあり、シリーズで小笠原諸島について学習してみよう。
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(まずは、位置とアクセス)公的ウェブから。

父島・母島には空港がなく、船でしか行くことができません。定期航路は東京・竹芝桟橋との間にのみ開設されており、およそ週に1便(GW、夏休み、年末年始などは週に2~3便)のペースで「おがさわら丸」が就航しています。

なお、母島には父島から別の定期船「ははじま丸」に乗り継いで渡航していただくことになります。 およそ週に1便運航されている「おがさわら丸」ですが、曜日は不定で、具体的なダイヤは運航会社である小笠原海運のホームページに掲載されています。

どの便も東京を朝10時に出港し、翌11時30分に父島に到着。おがさわら丸」はそのまま父島に3泊、停泊し、出発から5日目の14時に父島を出港、翌15時30分に東京に到着します。

したがって定期船を利用した小笠原への旅行は必ず5泊6日の期間が必要です(GW、夏休み、年末年始などは父島に停泊せずピストン輸送が行なわれますが、その場合でもダイヤの都合で5泊6日の旅行となります)。


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入れ墨師・ネズミ先生

写真: シリーズ・清水代表の紀行エッセイ
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入れ墨師・ネズミ先生

タイに住む友人から「ネズミ先生」と呼ばれ、尊敬されている人物を紹介されたことがある。ネズミ先生の住む町は、土地が低く、雨期にはほとんどが水に浸かるらしい。そんな住環境の悪さからか、町の住民は世の中の裏街道を歩く人たちが多いとも聞いた。

簡素なつくりの彼の家の玄関は、脱いだ靴で一杯だった。ミシミシと鳴る粗末な木の階段を二階に上がったとき、思わず私はたじろぎ、足がかすかに震えた。私の目には、三十人ほどの上半身裸の男たちが映った。その裸の背中では、彫られた入れ墨が舞う様に踊っていた。

 ネズミ先生の生業は「入れ墨師」だった。タイでの入れ墨の歴史は古く、戦士たちが戦闘の際に、恐怖心に打ち勝つために守護神の彫り物を体に刻んだのが起源らしい。カラフルな日本のそれとは違い、墨の単色で図柄も仏教の守護神やお守りの呪文が多い。ネズミ先生が、長さ六十センチの針を両手で構え持ち、微妙に右手を勤かすと、若者の背中や太股、さらに頭部にまで見事な絵が浮かび上がってくる。

彼は、入れ墨を施す前に誓いをさせる。「ウソを言わない」「父母の悪口は言わない」「麻薬と酒には手を出さない」など、わかりやすい言葉で説かれた人の道である。誓いを破ると、背中の守護神の怒りに触れるらしいので、若者たちは神妙にうなずいている。

でも、先生は休憩の時間にタバコをうまそうに吸いながら、ミネラルウオーターをガブガブと飲むような、庶民的な雰囲気の人である。私は、「ネズミ先生」とはよく命名したものだ、と妙に感心していた。人の道に外れそうになり、良心の呵責に苛まれた若者を、ネズミ先生は独自の導き方で諭すのである。

 私が子供の頃、近所には必ず「雷おやじ」と呼ばれる人がいた。他人の子供でも、人の道に外れると叱り飛ばしていた。怖い存在だったが、叱られた言葉は妙に頭に残っている。日本の経済成長とともに、そんなおやじはどこかへ消えてしまったようだ。

最近、殺人事件や家庭内虐待のニュースが毎日のようにテレビで流される。物質的に豊かになればなるほど、私たちの心の貧困さが浮き彫りになってくるのはなぜなのだろう。雷おやじが存在しない現代では、自らが胸に手をあて、心に良心を取り戻す作業を繰り返しおこなうことしかあるまい。

 入れ墨師・ネズミ先生

タイに住む友人から「ネズミ先生」と呼ばれ、尊敬されている人物を紹介されたことがある。ネズミ先生の住む町は、土地が低く、雨期にはほとんどが水に浸かるらしい。そんな住環境の悪さからか、町の住民は世の中の裏街道を歩く人たちが多いとも聞いた。

簡素なつくりの彼の家の玄関は、脱いだ靴で一杯だった。ミシミシと鳴る粗末な木の階段を二階に上がったとき、思わず私はたじろぎ、足がかすかに震えた。私の目には、三十人ほどの上半身裸の男たちが映った。その裸の背中では、彫られた入れ墨が舞う様に踊っていた。

ネズミ先生の生業は「入れ墨師」だった。タイでの入れ墨の歴史は古く、戦士たちが戦闘の際に、恐怖心に打ち勝つために守護神の彫り物を体に刻んだのが起源らしい。カラフルな日本のそれとは違い、墨の単色で図柄も仏教の守護神やお守りの呪文が多い。ネズミ先生が、長さ六十センチの針を両手で構え持ち、微妙に右手を勤かすと、若者の背中や太股、さらに頭部にまで見事な絵が浮かび上がってくる。

彼は、入れ墨を施す前に誓いをさせる。「ウソを言わない」「父母の悪口は言わない」「麻薬と酒には手を出さない」など、わかりやすい言葉で説かれた人の道である。誓いを破ると、背中の守護神の怒りに触れるらしいので、若者たちは神妙にうなずいている。

でも、先生は休憩の時間にタバコをうまそうに吸いながら、ミネラルウオーターをガブガブと飲むような、庶民的な雰囲気の人である。私は、「ネズミ先生」とはよく命名したものだ、と妙に感心していた。人の道に外れそうになり、良心の呵責に苛まれた若者を、ネズミ先生は独自の導き方で諭すのである。

私が子供の頃、近所には必ず「雷おやじ」と呼ばれる人がいた。他人の子供でも、人の道に外れると叱り飛ばしていた。怖い存在だったが、叱られた言葉は妙に頭に残っている。日本の経済成長とともに、そんなおやじはどこかへ消えてしまったようだ。

最近、殺人事件や家庭内虐待のニュースが毎日のようにテレビで流される。物質的に豊かになればなるほど、私たちの心の貧困さが浮き彫りになってくるのはなぜなのだろう。雷おやじが存在しない現代では、自らが胸に手をあて、心に良心を取り戻す作業を繰り返しおこなうことしかあるまい。


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第一章;妻を捨てて旅に出よう その7

写真: シリーズ・清水代表の未発表原稿・旅のススメ
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第一章;妻を捨てて旅に出よう その7

そんな男になるためには、毎日の生活の中に油断は禁物である。自分でできることは自分で始末し、日ごろから人の世話にならないよう心掛けが必要なのだが、つい日々の忙しさにかまけて、人まかせになりやすい。気がついたときには、依存的な体質になってしまっている。

そうなってしまったかぎり、ここは強烈な刺激が欲しい。刺激によって、モノの見方を少し変えてみえようと考えたり、新しい何かをするとっかかりがついたりするなら、これはわずかの前進である。そこから自立が始まるのだが、その強い刺激の一つが、旅なのである。

●不安のない人生なんてない

自立するということは、裏を返せば、不安を抱えることである。不安にさらされながら、その不安にうまく対処し、生きていくことができれば、大したものだろう。私も、できればそうありたい。

自立した男を語るとき、よく想像しがちなのは、何ら不安も抱えず颯爽と行動する男といったものだろう。映画や小説にもこの手の男がヒーローとしてよく登場するが、果してそんな男がいるのだろうか。これが、けっこう怪しいものだと思っている。

まともに生きていれば、不安を抱えていない男などいないのだ。仕事の不安、生きる不安、人間関係の不安などをつねに抱えているものだ。

第一章;妻を捨てて旅に出よう その7

そんな男になるためには、毎日の生活の中に油断は禁物である。自分でできることは自分で始末し、日ごろから人の世話にならないよう心掛けが必要なのだが、つい日々の忙しさにかまけて、人まかせになりやすい。気がついたときには、依存的な体質になってしまっている。

そうなってしまったかぎり、ここは強烈な刺激が欲しい。刺激によって、モノの見方を少し変えてみえようと考えたり、新しい何かをするとっかかりがついたりするなら、これはわずかの前進である。そこから自立が始まるのだが、その強い刺激の一つが、旅なのである。

●不安のない人生なんてない

自立するということは、裏を返せば、不安を抱えることである。不安にさらされながら、その不安にうまく対処し、生きていくことができれば、大したものだろう。私も、できればそうありたい。

自立した男を語るとき、よく想像しがちなのは、何ら不安も抱えず颯爽と行動する男といったものだろう。映画や小説にもこの手の男がヒーローとしてよく登場するが、果してそんな男がいるのだろうか。これが、けっこう怪しいものだと思っている。

まともに生きていれば、不安を抱えていない男などいないのだ。仕事の不安、生きる不安、人間関係の不安などをつねに抱えているものだ。


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シリーズ・清水代表の紀行エッセイ・こころのコンパス VOL2

写真: シリーズ・清水代表の紀行エッセイ・こころのコンパス VOL2
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時速4キロの旅

 シリーズ・清水代表の紀行エッセイ・こころのコンパス VOL2
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時速4キロの旅


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第一章;妻を残して旅に出よう その4

写真: シリーズ・清水代表の未発表原稿・旅のススメ
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第一章;妻を残して旅に出よう その4

けれども、内実はどうだったか。ひとりの男として見たとき、年々恰好悪くなってきはしなかったか。女性を引きつけるだけの魅力を失っていはしなかったか。

加えて四〇歳、五〇歳を過ぎれば、体力も衰え、体に張りも失ってくる。記憶力や決断力も鈍ってくる。会社でのポジションを失ったか、失いつつあるとき、ようやくそのことが明らかになってくるのだが、当人はそれをなかなか認めようとはしない。そんな男に、魅力を感じる女性はあまりいないだろう。

私は「妻を残して旅に出よう」という主張をしたいのだが、じつのところ、男のほうがすでに捨てられているのだ。その厳しい現実をまともに見ないことには、ますます相手にされなくなるのだ。

●中年からの旅は、第二の自立への旅

妻からも相手にされなくなった男が、これからどう生きていくか。それにはいろいろな方法論や哲学があろうが、一つの突破口となるのは旅だろうと私は思っている。

ずいぶんとお手軽な方法論、青臭い方法論に感じる人もいるだろう。しかし、お手軽で青臭いものは、困ったときに意外に効くのである。ひねくれがちな心にストレートに響いてくるからだ。

第一章;妻を残して旅に出よう その4

けれども、内実はどうだったか。ひとりの男として見たとき、年々恰好悪くなってきはしなかったか。女性を引きつけるだけの魅力を失っていはしなかったか。

加えて四〇歳、五〇歳を過ぎれば、体力も衰え、体に張りも失ってくる。記憶力や決断力も鈍ってくる。会社でのポジションを失ったか、失いつつあるとき、ようやくそのことが明らかになってくるのだが、当人はそれをなかなか認めようとはしない。そんな男に、魅力を感じる女性はあまりいないだろう。

私は「妻を残して旅に出よう」という主張をしたいのだが、じつのところ、男のほうがすでに捨てられているのだ。その厳しい現実をまともに見ないことには、ますます相手にされなくなるのだ。

●中年からの旅は、第二の自立への旅

妻からも相手にされなくなった男が、これからどう生きていくか。それにはいろいろな方法論や哲学があろうが、一つの突破口となるのは旅だろうと私は思っている。

ずいぶんとお手軽な方法論、青臭い方法論に感じる人もいるだろう。しかし、お手軽で青臭いものは、困ったときに意外に効くのである。ひねくれがちな心にストレートに響いてくるからだ。


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シリーズ・清水代表の新聞連載・中国新聞編

写真: シリーズ・清水代表の新聞連載・中国新聞編
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このシリーズは、非常に貴重である。清水代表が中国新聞の朝刊に、1年半にわたって毎週連載(総計53回)していたものの、オリジナルである。

これから、不定期ではあるが、全53回のオリジナルをアップしていく予定である。必要な方はダウンロードして保存してほしい。今日は、その記念すべき第一回目である。

 シリーズ・清水代表の新聞連載・中国新聞編
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このシリーズは、非常に貴重である。清水代表が中国新聞の朝刊に、1年半にわたって毎週連載(総計53回)していたものの、オリジナルである。

これから、不定期ではあるが、全53回のオリジナルをアップしていく予定である。必要な方はダウンロードして保存してほしい。今日は、その記念すべき第一回目である。


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シリーズ・清水代表の著作から

写真: シリーズ・清水代表の著作から
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シリーズ・健康ツーリズム実践編・告知版

写真: シリーズ・健康ツーリズム実践編・告知版

清水代表企画監修・同行(松山発着企画案内)
案内のすべての企画は、すでに実施済みもしくは、実施決定済みのものです。残席もわずかながらあるようです。

 シリーズ・健康ツーリズム実践編・告知版

清水代表企画監修・同行(松山発着企画案内)
案内のすべての企画は、すでに実施済みもしくは、実施決定済みのものです。残席もわずかながらあるようです。


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シリーズ・清水代表の著作から

写真

 シリーズ・清水代表の著作から
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広島の里山へ行こう・牛田山編

この本はすでに絶版となっているので、資料としても非常に貴重である。関心のある方は、これからほぼすべてのページを紹介するので、ダウンロードして活用してほしい。


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シリーズ・一枚の写真が世界の窓となる・ヒマラヤ編

写真: シリーズ・一枚の写真が世界の窓となる・ヒマラヤ編
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撮影は、2005年。ヒマラヤへ学術調査隊のメンバーで参加した際のもの。

この当時、ネパールは内戦に荒れていた時期でもある。 共産主義の原理主義者(マオイスト)が、この遠征隊が訪れた西ネパールを拠点に徘徊していた。

 案の定、遠征隊も彼らの遭遇してしまった。 写真は、マオイストのゲリラ隊員ではなく、 主義主張も頼りない、いつもの私である。

といっても、ちょっとやせ気味で、口髭なんぞ蓄えている、貴重な写真でもあるな~。

 シリーズ・一枚の写真が世界の窓となる・ヒマラヤ編
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撮影は、2005年。ヒマラヤへ学術調査隊のメンバーで参加した際のもの。

この当時、ネパールは内戦に荒れていた時期でもある。 共産主義の原理主義者(マオイスト)が、この遠征隊が訪れた西ネパールを拠点に徘徊していた。

案の定、遠征隊も彼らの遭遇してしまった。 写真は、マオイストのゲリラ隊員ではなく、 主義主張も頼りない、いつもの私である。

といっても、ちょっとやせ気味で、口髭なんぞ蓄えている、貴重な写真でもあるな~。


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シリーズ・一枚の写真が世界の窓となる・ヒマラヤ編

写真: シリーズ・一枚の写真が世界の窓となる・ヒマラヤ編
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天空の巡礼団。

この一陣のグループには驚いた! 山の斜面を駆け上がると、何人ものキャラバンに出逢ったのである。その日、朝からほとんど人間というものに出逢わなかったので、より一層感慨深かった。

 彼らは、巡礼者であった。ヤク(ウシ科の高地にしか住めない
動物)の背中に揺られながら、一日をかけて近隣のゴンパ(寺院)へと村を挙げて巡礼に出掛ける最中だった。

そして、約1週間程度寺院に滞在したのち、再び集落へと戻ると言う。21世紀の地球上において、まだまだ我々の想像のつかない出来事が、地球の隅ずみで、営々と行われている。この巡礼は、今でも行っているはずだろう。

撮影は、2005年。

シリーズ・一枚の写真が世界の窓となる・ヒマラヤ編
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天空の巡礼団。

この一陣のグループには驚いた! 山の斜面を駆け上がると、何人ものキャラバンに出逢ったのである。その日、朝からほとんど人間というものに出逢わなかったので、より一層感慨深かった。

彼らは、巡礼者であった。ヤク(ウシ科の高地にしか住めない
動物)の背中に揺られながら、一日をかけて近隣のゴンパ(寺院)へと村を挙げて巡礼に出掛ける最中だった。

そして、約1週間程度寺院に滞在したのち、再び集落へと戻ると言う。21世紀の地球上において、まだまだ我々の想像のつかない出来事が、地球の隅ずみで、営々と行われている。この巡礼は、今でも行っているはずだろう。

撮影は、2005年。


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シリーズ・清水代表の著作から

写真: シリーズ・清水代表の著作から
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第一章;妻を残して旅に出よう その5

写真: シリーズ・清水代表の未発表原稿・旅養生のススメ
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第一章;妻を残して旅に出よう その5
自立しているのは、むしろ妻のほうである。妻は夫なしでも生きていける世界をつくり、依存してくる夫を煙たがっている。会社のほうも、中年サラリーマンには用はないと言いたげだ。

かつては会社を背負って働いていたと自負するサラリーマンでも、いつのまにか会社の負担になっているケースだってあるのだ。歳をとるごとに、こうした依存が深まっていったので、“自立した男”とは縁が遠い。

自分を外側から冷静に見つめるなら、その恰好悪さが浮き上がってくるはずだ。あるいは、自分とまともに向き合うならば、想像以上に無力であり、その無力さを隠そうとする自分に気づく。

「これでは、女房が一緒に旅行に行きたくないというのも、もっともだ」とわかるだろう。

もちろん、本当に自立した男ならべつである。彼の場合、自分とよく向き合い、自分のまともな部分とそうでない部分を知っている。一人でも楽しく生きていく術を少しずつ身につけている。

もしかしたら死ぬときのあり方まで想定しているかもしれないが、そうやって自分を律して生きていく男は、傍から見ていても嫌な男には見えないはずだ。

こんな自立した男なら、長い人生もできるだけ人に頼らず、人に信頼されながら生きていくことができるだろう。妻だってひそかに頼りにしてくれるだろうし、会社もアテにしてくれるはずだ。

第一章;妻を残して旅に出よう その5


自立しているのは、むしろ妻のほうである。妻は夫なしでも生きていける世界をつくり、依存してくる夫を煙たがっている。会社のほうも、中年サラリーマンには用はないと言いたげだ。

かつては会社を背負って働いていたと自負するサラリーマンでも、いつのまにか会社の負担になっているケースだってあるのだ。歳をとるごとに、こうした依存が深まっていったので、“自立した男”とは縁が遠い。

自分を外側から冷静に見つめるなら、その恰好悪さが浮き上がってくるはずだ。あるいは、自分とまともに向き合うならば、想像以上に無力であり、その無力さを隠そうとする自分に気づく。

「これでは、女房が一緒に旅行に行きたくないというのも、もっともだ」とわかるだろう。

もちろん、本当に自立した男ならべつである。彼の場合、自分とよく向き合い、自分のまともな部分とそうでない部分を知っている。一人でも楽しく生きていく術を少しずつ身につけている。

もしかしたら死ぬときのあり方まで想定しているかもしれないが、そうやって自分を律して生きていく男は、傍から見ていても嫌な男には見えないはずだ。

こんな自立した男なら、長い人生もできるだけ人に頼らず、人に信頼されながら生きていくことができるだろう。妻だってひそかに頼りにしてくれるだろうし、会社もアテにしてくれるはずだ。


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第一章;妻を残して旅に出よう  その4

写真: シリーズ・清水代表の未発表原稿・旅養生のススメ
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第一章;妻を残して旅に出よう  その4

妻にすれば、こんな夫と一緒に何かをするのは御免被りたいというところだろう。せいぜい家で一緒に食事をするくらいである。外食するのも嫌だし、まして一緒に旅行に行きたくはないのだ。

その意味で、すでに多くの中年男は妻に捨てられている。妻からはさして相手にもされず、期待されることはまずない。せいぜいリストラされずに、稼ぎを家に入れてくれといったところだ。中年男が妻と一緒に旅をしようと思っても、相手にされやしないのである。

それは、これまで男が自分のメンテナンスを怠ったツケでもある。これまで男は会社生活の忙しさを口実に、いろいろとさぼってきた。家事や育児にかぎらない。

妻の相手もさぼってきたし、自分というものとの付き合い方もいい加減にしてきた。自分というものに向き合わなくとも、とりあえず目先の仕事をこなしていれば、自分の存在をそれなりに確認できたのである。

普通に仕事をしていれば、上司はとかもく、取引先の前では偉そうな顔ができたし、何らかの役得もあっただろう。それらが、自分というものを大きく見せてきただけなのである。そこにおおきな落とし穴があったのだ。

第一章;妻を残して旅に出よう  その4

妻にすれば、こんな夫と一緒に何かをするのは御免被りたいというところだろう。せいぜい家で一緒に食事をするくらいである。外食するのも嫌だし、まして一緒に旅行に行きたくはないのだ。

その意味で、すでに多くの中年男は妻に捨てられている。妻からはさして相手にもされず、期待されることはまずない。せいぜいリストラされずに、稼ぎを家に入れてくれといったところだ。中年男が妻と一緒に旅をしようと思っても、相手にされやしないのである。

それは、これまで男が自分のメンテナンスを怠ったツケでもある。これまで男は会社生活の忙しさを口実に、いろいろとさぼってきた。家事や育児にかぎらない。

妻の相手もさぼってきたし、自分というものとの付き合い方もいい加減にしてきた。自分というものに向き合わなくとも、とりあえず目先の仕事をこなしていれば、自分の存在をそれなりに確認できたのである。

普通に仕事をしていれば、上司はとかもく、取引先の前では偉そうな顔ができたし、何らかの役得もあっただろう。それらが、自分というものを大きく見せてきただけなのである。そこにおおきな落とし穴があったのだ。


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シリーズ・清水代表の未発表原稿・旅養生のススメ

写真: シリーズ・清水代表の未発表原稿・旅養生のススメ
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第一章;妻を残して旅に出よう その3

自分の世界ができた妻に対して、夫は年々世界を狭くしがちである。仕事生活というのも世間を広くしているように見えて、じつは狭くしている。

たしかに若いころなら、仕事は世間を広げたが、歳をとるとしだいにワンパターンとなり、広がりを失いやすい。仕事以外にさしたる興味もなければ、世間は狭くなって行く。

会社勤めが終われば、それがはっきりしてくる。定年退職ののち、最初の数カ月は楽しいのだが、しだいに飽きてくる。そこで妻に声を掛けて旅行に誘ったはいいものの、妻からは拒否の言葉が返ってきたのである。

男は、人生の大詰めにきて、見たくもない光景を見ることになるのだ。

●妻の本音は、夫との旅など御免

悲惨なのは、妻に相手にされなくなった男が妻につきまとい、さらには邪魔まですることだ。たとえば、妻が友達と旅行に出掛けると言いだしたときだ。

「はいはい」と二つ返事で送りだせばいいのに、露骨に嫌そうな顔をする男がいる。皮肉の一つも言わなければ気がすまないなら、まだましなほうである。旅に行くのをやめるよう、命令する夫もいる。

妻は渋々旅行を中止するのだが、夫はその代わりに何かをしてくれるわけではない。相変わらず、三度の食事づくりを要求するだけである。これは、夫がさびしいからのわがままではないだろう。妻が自由勝手に振る舞うのを腹立たしく思い、それがバカバカしい禁止になって表れているのだ。

 シリーズ・清水代表の未発表原稿・旅養生のススメ
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第一章;妻を残して旅に出よう その3

自分の世界ができた妻に対して、夫は年々世界を狭くしがちである。仕事生活というのも世間を広くしているように見えて、じつは狭くしている。

たしかに若いころなら、仕事は世間を広げたが、歳をとるとしだいにワンパターンとなり、広がりを失いやすい。仕事以外にさしたる興味もなければ、世間は狭くなって行く。

会社勤めが終われば、それがはっきりしてくる。定年退職ののち、最初の数カ月は楽しいのだが、しだいに飽きてくる。そこで妻に声を掛けて旅行に誘ったはいいものの、妻からは拒否の言葉が返ってきたのである。

男は、人生の大詰めにきて、見たくもない光景を見ることになるのだ。

●妻の本音は、夫との旅など御免

悲惨なのは、妻に相手にされなくなった男が妻につきまとい、さらには邪魔まですることだ。たとえば、妻が友達と旅行に出掛けると言いだしたときだ。

「はいはい」と二つ返事で送りだせばいいのに、露骨に嫌そうな顔をする男がいる。皮肉の一つも言わなければ気がすまないなら、まだましなほうである。旅に行くのをやめるよう、命令する夫もいる。

妻は渋々旅行を中止するのだが、夫はその代わりに何かをしてくれるわけではない。相変わらず、三度の食事づくりを要求するだけである。これは、夫がさびしいからのわがままではないだろう。妻が自由勝手に振る舞うのを腹立たしく思い、それがバカバカしい禁止になって表れているのだ。


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シリーズ・清水代表の著作から

写真: シリーズ・清水代表の著作から
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周防大島の里山巡礼

シリーズ・清水代表の著作から
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周防大島の里山巡礼


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シリーズ・研究所にご縁のある方々・四国の仙人編

シリーズ・研究所にご縁のある方々・四国の仙人編
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写真は、四国の山中にて出逢った「仙人」の方の住居です。

たまたま偶然、四国の山深い山中を視察していたところ、草むしりをしていた老人と出逢いました。道を尋ねるべく車を降り、話しかけたのです・・。

その土地に流れていた清流の名前が「木地川」となっていたことと、小さな立て看板に、「薬草園」との文字が見えたこともあり、老人にその土地のことを尋ね始めたのです。

老人の言葉の端々から、すでに齢90になっており、ここ20数年間は、独りでこの山奥で暮らしている、さらには、戦争中は中国は海南島で暮らしていた、などなどの興味あるフレーズが飛び出してきたのです。

なにより、90歳にもなるのに、耳は遠くなく、体の動きは緩慢でなく、そして昔の記憶を非常に鮮明に覚えていることに驚愕いたしました。

それとなく、土地の昔噺を聞いているうちに、老人自身の人生物語に興味がわいてきました。それを察知したのか、老人から「自宅でお茶でもどうぞ・・」との声掛けがあり、遠慮なく、その言葉に

甘えさせてもらったのです。老人の後について、自宅(4年かけて自分一人で建てた!)の入り口に着くと、右の写真のような「川柳」の数々が目に入ってきたのです。

囲炉裏のある、この住居もたった一人で4年かけて自作したものです。この仙人の暮らしぶりを見ていますと、人間というのは、もともと身の回りのものは、ほとんど自作してきたのだな、と改めて実感できるのです。

たしかに、小さな共同体での支え合いなどは昔からあったでしょうが、身の回りのことは、単独もしくは、最小家族単位で解決できる環境下で、ほんの数十年前まで世界中の人たちの多くは、暮らしてきたのでしょうね。

「百姓」とは、百の仕事をする人のことをいう・・・。 とある哲学者の言葉です。

場所は、愛媛県の楢原山の山麓(といっても、車一台がようやく通過できるような山間部の道を奥深く入った場所)


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シリーズ・清水代表の著作から

写真: シリーズ・清水代表の著作から
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日本海を望む棚田群。夕暮れどきや日没タイムが素晴らしい。

 シリーズ・清水代表の著作から
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日本海を望む棚田群。夕暮れどきや日没タイムが素晴らしい。


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1、妻を残して旅に出よう  その2

写真: シリーズ・清水代表の未発表原稿・旅のススメ

1、妻を残して旅に出よう  その2

妻にあっさり断られた夫はどうするかといえば、ならばひとりで旅に出ようとはならない。ひとりで近くの映画館に行こうかとか、友達と焼き肉を食いに行くかとかさえならない。

多くの場合、自宅でひとりふてくされてテレビでも見て終わりである。それですめばまだいいほうで、出掛けていく妻に、厭味の一つでも言う夫も少なくない。

夫にすれば、こんな惨めなことになるとは思わなかっただろう。なにしろ二〇年まえ、三〇年まえは、関係が逆だったはずだ。妻は子どもにかかりっきりで、その妻を尻目に、夫はあっちこちへ出掛けたのものだ。

会社の出張もあれば、仲間内での旅もあっただろう。あるいは、愛人と秘密旅行もあったかもしれない。かつて夫は快楽を求めて旅に出掛けたものなのだが、いまはそうではなくなってきているのだ。

そんな夫にうらみがましい視線を送りつづけてきた妻だが、しだいに自分の世界をつくってきた。一緒に食事をする仲間を見つけたし、グチを言い合う友人もできた。親しくなるにつれ、夫といるよりもずっと楽しい時間を過ごせることがわかってきた。

1、妻を残して旅に出よう  その2

妻にあっさり断られた夫はどうするかといえば、ならばひとりで旅に出ようとはならない。ひとりで近くの映画館に行こうかとか、友達と焼き肉を食いに行くかとかさえならない。

多くの場合、自宅でひとりふてくされてテレビでも見て終わりである。それですめばまだいいほうで、出掛けていく妻に、厭味の一つでも言う夫も少なくない。

夫にすれば、こんな惨めなことになるとは思わなかっただろう。なにしろ二〇年まえ、三〇年まえは、関係が逆だったはずだ。妻は子どもにかかりっきりで、その妻を尻目に、夫はあっちこちへ出掛けたのものだ。

会社の出張もあれば、仲間内での旅もあっただろう。あるいは、愛人と秘密旅行もあったかもしれない。かつて夫は快楽を求めて旅に出掛けたものなのだが、いまはそうではなくなってきているのだ。

そんな夫にうらみがましい視線を送りつづけてきた妻だが、しだいに自分の世界をつくってきた。一緒に食事をする仲間を見つけたし、グチを言い合う友人もできた。親しくなるにつれ、夫といるよりもずっと楽しい時間を過ごせることがわかってきた。


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物語の再生・健康ツーリズムの根底に流れるもの

写真: シリーズ・思考へのヒント・清水代表の記述から
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物語の再生・健康ツーリズムの根底に流れるもの

とある中山間地域の自治体活性化への基本理念を個人的に提案し採用されたことは以前にも書いた。

「縁側のある、養生のさとづくり」 このフレーズには、サブフレーズがある。それが・・、

「物語は縁側からはじまる」である。

ここでいう、物語には二つの大きな意味がある。

● 個人の人生物語・人と人、人と自然、人と社会の物語
● 過去・現在・未来を結ぶ接続詞としての物語

 昨今、都市部での労働形態も3ヶ月単位くらいの派遣労働が多くなってきている。モノを作る行程(これも物語であるが)のほんの一部のみを短期間担当し、そして人間関係もぶつぎりの状態にあると、個と周囲との関係性に物語が入り込む余地がない。それが、ひいては「無縁社会」を蔓延らす要因ともあるのであろう。

 物語とは、「つながりの糸」なのである。横のつながりの糸が、個と周囲の諸環境とすれば、縦のつながりの糸が、過去・現在・未来を結ぶなにかである。

 過疎がすすむ中山間地域や島嶼地域などには、まだまだこの、縦横のつながりの糸が少なからず残っている。(まあ、それが濃い過ぎる人間関係のもとでもあるが)

われわれが目指す健康ツーリズムとは、ツーリズム(都市部と田舎の交流)を通じて、健康・ヘルス(縦横のつながりの糸=物語の再生)を目的としている。

そんな縦横のつながりの糸を、「都会の縁側」である中山間地域や島嶼地域にて、もう一度紡ぎ直していただく機会を、健康ツーリズムでは提供していきたいのである。

 下記は、アラスカ在住だった(すでに亡くなられている)写真家・星野道夫さんの著作からの抜粋である。

 ====================

ストーブの炎を見つめていると、木の燃焼とは不思議だなと思う。二酸化炭素、水を大気に放出し、熱とほんのわずかな灰を残しながら、長い時を生きた木は 一体どこへ行ってしまうのだろう。

 昔、山に逝った親友を荼毘に付しながら、夕暮れの空に舞う火の粉を不思議な気持ちで見つめていたのを思い出す。

あの時もほんのわずかな灰しか残らなかった。

 生命とは一体どこから来て、どこへ行ってしまうものなのか。あらゆる生命は目に見えぬ糸でつながりながら、それはひとつの同じ生命体なのだろうか。

 木も人もそこから生まれでる、その時その時のつかの間の表現物に過ぎないのかもしれない。いつか読んだ本(「ものがたり交響」谷川雁)にこんなことが書いてあった。

”すべての物質は化石であり、その昔は一度きりの昔ではない。いきものとは息をつくるもの、風をつくるものだ。

 太古からいきもののつくった風をすべて集めている図書館が
地球をとりまく大気だ。風がすっぽり体をつつむ時、

それは古い物語が吹いてきたのだと 思えばいい。

 風こそは信じがたいほどやわらかい、真の化石なのだ”

 物語の再生・健康ツーリズムの根底に流れるもの

とある中山間地域の自治体活性化への基本理念を個人的に提案し採用されたことは以前にも書いた。

「縁側のある、養生のさとづくり」 このフレーズには、サブフレーズがある。それが・・、

「物語は縁側からはじまる」である。

ここでいう、物語には二つの大きな意味がある。

● 個人の人生物語・人と人、人と自然、人と社会の物語
● 過去・現在・未来を結ぶ接続詞としての物語

昨今、都市部での労働形態も3ヶ月単位くらいの派遣労働が多くなってきている。モノを作る行程(これも物語であるが)のほんの一部のみを短期間担当し、そして人間関係もぶつぎりの状態にあると、個と周囲との関係性に物語が入り込む余地がない。それが、ひいては「無縁社会」を蔓延らす要因ともあるのであろう。

物語とは、「つながりの糸」なのである。横のつながりの糸が、個と周囲の諸環境とすれば、縦のつながりの糸が、過去・現在・未来を結ぶなにかである。

過疎がすすむ中山間地域や島嶼地域などには、まだまだこの、縦横のつながりの糸が少なからず残っている。(まあ、それが濃い過ぎる人間関係のもとでもあるが)

われわれが目指す健康ツーリズムとは、ツーリズム(都市部と田舎の交流)を通じて、健康・ヘルス(縦横のつながりの糸=物語の再生)を目的としている。

そんな縦横のつながりの糸を、「都会の縁側」である中山間地域や島嶼地域にて、もう一度紡ぎ直していただく機会を、健康ツーリズムでは提供していきたいのである。

下記は、アラスカ在住だった(すでに亡くなられている)写真家・星野道夫さんの著作からの抜粋である。

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ストーブの炎を見つめていると、木の燃焼とは不思議だなと思う。二酸化炭素、水を大気に放出し、熱とほんのわずかな灰を残しながら、長い時を生きた木は 一体どこへ行ってしまうのだろう。

昔、山に逝った親友を荼毘に付しながら、夕暮れの空に舞う火の粉を不思議な気持ちで見つめていたのを思い出す。

あの時もほんのわずかな灰しか残らなかった。

生命とは一体どこから来て、どこへ行ってしまうものなのか。あらゆる生命は目に見えぬ糸でつながりながら、それはひとつの同じ生命体なのだろうか。

木も人もそこから生まれでる、その時その時のつかの間の表現物に過ぎないのかもしれない。いつか読んだ本(「ものがたり交響」谷川雁)にこんなことが書いてあった。

”すべての物質は化石であり、その昔は一度きりの昔ではない。いきものとは息をつくるもの、風をつくるものだ。

太古からいきもののつくった風をすべて集めている図書館が
地球をとりまく大気だ。風がすっぽり体をつつむ時、

それは古い物語が吹いてきたのだと 思えばいい。

風こそは信じがたいほどやわらかい、真の化石なのだ”


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シリーズ・瀬戸内海の魅力・国立公園指定第一号(昭和9年)

 シリーズ・瀬戸内海の魅力・国立公園指定第一号(昭和9年)
本年3月に指定80周年を迎える瀬戸内海の魅力
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瀬戸内海の最大の魅力のひとつには、その日没風景の、言葉を失うほどの美しさではないだろうか。昨日の来島海峡に沈みゆく夕日の映像を紹介しよう。


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シリーズ・清水代表の著作から

写真: シリーズ・清水代表の著作から
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四国の隠された名渓谷

この渓谷の素晴らしさは、言葉でなかなか表現できない。
関心のある人は、雨が降った日の翌日にこの渓谷沿いの遊歩道を歩いてもらいたい。

きっと、あなたは、地上に舞い降りた「天ノ川」に出会うことだろう。次のアドレスをクリックされれば、より具体的な説明となることだろう。http://youtu.be/eojEsLUYIkM

シリーズ・清水代表の著作から
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四国の隠された名渓谷

この渓谷の素晴らしさは、言葉でなかなか表現できない。
関心のある人は、雨が降った日の翌日にこの渓谷沿いの遊歩道を歩いてもらいたい。

きっと、あなたは、地上に舞い降りた「天ノ川」に出会うことだろう。次のアドレスをクリックされれば、より具体的な説明となることだろう。

http://youtu.be/eojEsLUYIkM


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清水代表の紀行エッセイ

写真: シリーズ・清水代表の紀行エッセイ・内蒙古編
=====

草原での酔夢

一度だけ、海外の地酒に酔って、私の記憶と意識が飛んだことがある。チンギスハンの末裔が住むモンゴル草原。内モンゴルのパインホソという草の海に浮かぶ小さな村を訪れたときだ。

自治区の区都フフホトから車で延々と草原の中を四時間の旅。騎馬民族が馬で駆け回っていた頃のことを思いながら窓外の景色を眺めていた。遊牧民の生活は、家畜の牧草を求めて移動を繰り返す。

居住する家屋も移動に適したパオと呼ばれる簡易組み立て式になっている。パインホソに到着し、われわれがそのパオに旅装を解いた日の夜、村長が主催する夕食会があった。串刺しになった羊肉や馬乳酒など、素朴だが力強い草原の味覚の数々がテーブルを賑わせていた。

 遊牧民たちは、遠来の客人に対して、最大限のもてなしをおこなう。草原や砂漠などで移動を繰り返す彼らにとって、家族や一族以外の人たちとの出会いは非常に少ない。

それだけに、訪れた客人へのもてなしには、心の贅をつくすのだ。アラビア砂漠の遊牧民は、訪れる客人へ貴重な水や食料を惜しげもなく分け与える。その分、自分が客人となった場合には、遠慮なくガツガツと食べまくるらしいが……。

これは、イスラム教の「もてる者は与え、もたざる者は与えられる」という至極シンプルな教えにもとづくもてなしのあり方。

モンゴルでのもてなしは、草原の広がりを思わせるような、酒のすすめ方にあらわれる。火を近づければ、コップの中に炎が広がるくらいのアルコール度数の高い酒がでる。この強い酒を彼らはチビチビと飲んだりしない。

主人と客人が立ち上がり、杯を掲げる。そして、主人は草原に伝わる民謡を声高らかに歌う。歌い終わると両者が杯を一気に飲み干す。一滴も残っていないことを証明するために、両者は頭の上で杯を逆さにしなければならない。

 次には客人の番である。私は黒田節を歌い、二杯目を一気に飲み干した。この繰り返しが延々と続いてゆくのである。四杯目くらいから、私の意識は薄れ始めた。

それから、野外のトイレの側で同行者に起こされるまで記憶が飛んでいる。トイレの側で倒れている間、心のスクリーンでは草原を疾走している馬上の私がいたに違いない。モンゴル式のもてなしは、草原での酔夢まで私に与えてくれたのである。

シリーズ・清水代表の紀行エッセイ・内蒙古編
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草原での酔夢

一度だけ、海外の地酒に酔って、私の記憶と意識が飛んだことがある。チンギスハンの末裔が住むモンゴル草原。内モンゴルのパインホソという草の海に浮かぶ小さな村を訪れたときだ。...

自治区の区都フフホトから車で延々と草原の中を四時間の旅。騎馬民族が馬で駆け回っていた頃のことを思いながら窓外の景色を眺めていた。遊牧民の生活は、家畜の牧草を求めて移動を繰り返す。

居住する家屋も移動に適したパオと呼ばれる簡易組み立て式になっている。パインホソに到着し、われわれがそのパオに旅装を解いた日の夜、村長が主催する夕食会があった。串刺しになった羊肉や馬乳酒など、素朴だが力強い草原の味覚の数々がテーブルを賑わせていた。

遊牧民たちは、遠来の客人に対して、最大限のもてなしをおこなう。草原や砂漠などで移動を繰り返す彼らにとって、家族や一族以外の人たちとの出会いは非常に少ない。

それだけに、訪れた客人へのもてなしには、心の贅をつくすのだ。アラビア砂漠の遊牧民は、訪れる客人へ貴重な水や食料を惜しげもなく分け与える。その分、自分が客人となった場合には、遠慮なくガツガツと食べまくるらしいが……。

これは、イスラム教の「もてる者は与え、もたざる者は与えられる」という至極シンプルな教えにもとづくもてなしのあり方。

モンゴルでのもてなしは、草原の広がりを思わせるような、酒のすすめ方にあらわれる。火を近づければ、コップの中に炎が広がるくらいのアルコール度数の高い酒がでる。この強い酒を彼らはチビチビと飲んだりしない。

主人と客人が立ち上がり、杯を掲げる。そして、主人は草原に伝わる民謡を声高らかに歌う。歌い終わると両者が杯を一気に飲み干す。一滴も残っていないことを証明するために、両者は頭の上で杯を逆さにしなければならない。

次には客人の番である。私は黒田節を歌い、二杯目を一気に飲み干した。この繰り返しが延々と続いてゆくのである。四杯目くらいから、私の意識は薄れ始めた。

それから、野外のトイレの側で同行者に起こされるまで記憶が飛んでいる。トイレの側で倒れている間、心のスクリーンでは草原を疾走している馬上の私がいたに違いない。モンゴル式のもてなしは、草原での酔夢まで私に与えてくれたのである。

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シリーズ・清水代表の未発表原稿・「旅のススメ(仮題)」

写真: シリーズ・清水代表の未発表原稿・「旅のススメ(仮題)」
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これからシリーズで紹介する原稿は、清水代表の未発表段階の原稿である。長編なだけに発表が完結するのは、4月下旬頃になると思われる。
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1 妻を残して旅に出よう  その1

●妻は勝手に女友達とふたり旅、夫は家でひとりふて寝

男は中年になったあるとき、ある恐るべきことに気づく。自分がどうしようもなく、ひとりぽっちであることを感じてしまう。もちろん、それは当たりまえのことなのだが、いつのまにか忘れていた感覚だ。

そこからさきに、さらなる恐怖が待っている。怖いのは、ひとりぼっちのくせに、自分では何もできない人間になってしまっていることに気づいたときだ。あるいは、居場所がなく、誰にも必要とされない人間であることに気づいたときだ。

わかりやすい例は、そのへんにいくらでも転がっている。会社でしだいに居場所を失ってきた夫は、妻と久々にどこか旅行にでも行こうかと考える。

「この週末、温泉でも行かないか」と誘ったはいいものの、妻の答えは冷淡なものだった。「ごめんなさい。その日は友人とお昼を一緒にする予定があるの」。

では次の週ではどうかというと、「来週は高校時代の友人と旅行なの」となる。知らない間に、妻は独自の世界をつくり、そこで楽しむ術を身につけていたのである。

 シリーズ・清水代表の未発表原稿・「旅のススメ(仮題)」
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これからシリーズで紹介する原稿は、清水代表の未発表段階の原稿である。長編なだけに発表が完結するのは、4月下旬頃になると思われる。
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1 妻を残して旅に出よう  その1



●妻は勝手に女友達とふたり旅、夫は家でひとりふて寝

男は中年になったあるとき、ある恐るべきことに気づく。自分がどうしようもなく、ひとりぽっちであることを感じてしまう。もちろん、それは当たりまえのことなのだが、いつのまにか忘れていた感覚だ。

そこからさきに、さらなる恐怖が待っている。怖いのは、ひとりぼっちのくせに、自分では何もできない人間になってしまっていることに気づいたときだ。あるいは、居場所がなく、誰にも必要とされない人間であることに気づいたときだ。

わかりやすい例は、そのへんにいくらでも転がっている。会社でしだいに居場所を失ってきた夫は、妻と久々にどこか旅行にでも行こうかと考える。

「この週末、温泉でも行かないか」と誘ったはいいものの、妻の答えは冷淡なものだった。「ごめんなさい。その日は友人とお昼を一緒にする予定があるの」。

では次の週ではどうかというと、「来週は高校時代の友人と旅行なの」となる。知らない間に、妻は独自の世界をつくり、そこで楽しむ術を身につけていたのである。


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シリーズ・清水代表の行動記録・パキスタン編

写真: シリーズ・清水代表の行動記録・パキスタン編
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この写真は、南アジア大地震が起きた際、現地へ支援物資を届けた際の、現地側カウンターパートナーであった、ナジール・サビーブ社のスタッフたちとのショット。

彼らのボスである、ナジールとは私が学生時代からの友人であり、パキスタン山岳界の英雄でもある。パキスタンでも最奥部にある、不老長寿の里フンザの出身者である。

 シリーズ・清水代表の行動記録・パキスタン編
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この写真は、南アジア大地震が起きた際、現地へ支援物資を届けた際の、現地側カウンターパートナーであった、ナジール・サビーブ社のスタッフたちとのショット。

彼らのボスである、ナジールとは私が学生時代からの友人であり、パキスタン山岳界の英雄でもある。パキスタンでも最奥部にある、不老長寿の里フンザの出身者である。


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高度成長時代に見捨ててきたもの

写真: シリーズ・思考へのヒント・文章編
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高度成長時代に見捨ててきたもの

 昭和30年代後半、いままで親父が座っていた上座にテレビがドカンと居座るころから、世界に誇る高度経済成長が始まった。日本人の誰もが、より効率的な、より利便的な、より豊かな労働や暮らしを求めて邁進してきた。

『4 都市と町』を見ると、日本人の暮らし方が大変貌していく様子が如実にわかる。国会議事堂の前庭がサツマイモ畑となった昭和21年から、新幹線や高速道路が走り、霞が関に超高層ビルが立ち、GNPが世界2位となった昭和43年までは、わずか20年余のできごとである。

しかし、その「進歩」や「豊かさ」の見返りに数多くのものを見捨ててきたのではないだろうか。須藤の師であり、自らを「大島の百姓」と称して全国の農山漁村をくまなく歩き、名もなき人に耳を傾けた宮本常一は、『民俗学の旅』(講談社学術文庫)のなかで、次のように記している。

「いったい進歩というのは何であろうか、発展というのは何であろうか(中略)。すべてが進歩しているのであろうか。停滞し、退歩し、同時に失われてゆきつつあるものも多いのではないかと思う。失われるものがすべて不要であり、時代おくれのものであったのだろうか。

進歩に対する迷信が、退歩しつつあるものをも進歩と誤解し、時には人間だけでなく生きとし生けるものを絶滅にさえ向かわしめつつあるのではないかと思うことがある。 進歩のかげに退歩しつつあるものをも見定めてゆくことこそ、今われわれに課せられているもっとも重要な課題ではないかと思う」

近代化は、より金になり、より体を使わず合理的で効率的な労働、技術、暮らしを「進歩」とし、そうでないもの、価値あっても儲からない効率の悪い技術や仕事、産業、“不合理”な人とのつきあいや習慣、習俗などを無用なものとみなし、捨て去り、忘却してきた。

たとえば、「牛の鼻取り」に見られる田んぼの耕耘・代かきは、人力・牛馬から耕耘機、トラクタへと変わり、代かきは田んぼに入ることなく一反歩一時間もかからないで終わってしまう。こうして、牛という生き物を思いやる気持ちも技術も、泥田に入り田んぼの生き物を見つめることも、労働を通じて子と親がふれあうことも、トラクタ耕耘という効率の前に消えた。

牛がいなくなれば草も必要なくなり、畦豆も作られなくなった。畦豆がなくなると手前味噌も消えた。今では除草剤をかけて畦草を枯らすことも珍しくなくなった。

さらに近代化は人間にとってのみの「進歩」であった。宮本が憂えているように、人間にとって有害な生き物、あるいは無用な生き物は、排除・隔離するか、抹殺することにためらいはなかった。

とある文章から。

 高度成長時代に見捨ててきたもの

 昭和30年代後半、いままで親父が座っていた上座にテレビがドカンと居座るころから、世界に誇る高度経済成長が始まった。日本人の誰もが、より効率的な、より利便的な、より豊かな労働や暮らしを求めて邁進してきた。...

『4 都市と町』を見ると、日本人の暮らし方が大変貌していく様子が如実にわかる。国会議事堂の前庭がサツマイモ畑となった昭和21年から、新幹線や高速道路が走り、霞が関に超高層ビルが立ち、GNPが世界2位となった昭和43年までは、わずか20年余のできごとである。

しかし、その「進歩」や「豊かさ」の見返りに数多くのものを見捨ててきたのではないだろうか。須藤の師であり、自らを「大島の百姓」と称して全国の農山漁村をくまなく歩き、名もなき人に耳を傾けた宮本常一は、『民俗学の旅』(講談社学術文庫)のなかで、次のように記している。

「いったい進歩というのは何であろうか、発展というのは何であろうか(中略)。すべてが進歩しているのであろうか。停滞し、退歩し、同時に失われてゆきつつあるものも多いのではないかと思う。失われるものがすべて不要であり、時代おくれのものであったのだろうか。

進歩に対する迷信が、退歩しつつあるものをも進歩と誤解し、時には人間だけでなく生きとし生けるものを絶滅にさえ向かわしめつつあるのではないかと思うことがある。 進歩のかげに退歩しつつあるものをも見定めてゆくことこそ、今われわれに課せられているもっとも重要な課題ではないかと思う」

近代化は、より金になり、より体を使わず合理的で効率的な労働、技術、暮らしを「進歩」とし、そうでないもの、価値あっても儲からない効率の悪い技術や仕事、産業、“不合理”な人とのつきあいや習慣、習俗などを無用なものとみなし、捨て去り、忘却してきた。

たとえば、「牛の鼻取り」に見られる田んぼの耕耘・代かきは、人力・牛馬から耕耘機、トラクタへと変わり、代かきは田んぼに入ることなく一反歩一時間もかからないで終わってしまう。こうして、牛という生き物を思いやる気持ちも技術も、泥田に入り田んぼの生き物を見つめることも、労働を通じて子と親がふれあうことも、トラクタ耕耘という効率の前に消えた。

牛がいなくなれば草も必要なくなり、畦豆も作られなくなった。畦豆がなくなると手前味噌も消えた。今では除草剤をかけて畦草を枯らすことも珍しくなくなった。

さらに近代化は人間にとってのみの「進歩」であった。宮本が憂えているように、人間にとって有害な生き物、あるいは無用な生き物は、排除・隔離するか、抹殺することにためらいはなかった。

とある文章から。


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シリーズ・思考へのヒント・自治体のコンセプト編

シリーズ・思考へのヒント・自治体のコンセプト編
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自治体が世に出す文章には、正直つまらないものが多い。そんな中でも、光る玉を見出す文章や条例などがある。このシリーズではそんな、数少ない「キラリ」と光る玉のあるものを紹介している。今回は、高知県梼原町の条例である。映像は、梼原町の森林セラピーロードである。

高知県・檮原町鎮守の森づくり条例(平成7年3月9日)
...
条例第24号

檮原は、古来、森林(もり)に抱かれ、森林によって生かされてきた。それは四万十川源流の景観として残され、その清流を生み出し、津野山神楽に代表される伝統文化や木造建築物などの民俗文化にも色濃く反映されている。

地域住民にとって、最もなじみの深い森林は、鎮守の森である。それは、鎮守の森が、古木が生い茂りうっそうとしたたたずまいでありながら、多様な生物を育み、祭や信仰、崇拝の対象となり、常に地域住民の心の拠り所であったからである。

森林は、経済的な価値のほかに、水資源のかん養や国土の保全、保健休養の場の提供など、多くの公益的な機能を持っている。とりわけ鎮守の森は、地域の環境保全や生物種の多様性を維持するなど、自然と共存するために重要な存在であり、従来注目されなかった森林の芸術や教育、文化的な価値が高い。

本町が、森林・林業の振興によって「木の里ゆすはら」を実現するため、町の面積の大部分を占める森林を育成・整備していくに当たり、森林の有する多様な機能が十分に発揮できる懐の深い森林づくりのシンボルとして、鎮守の森の意義を改めて認識するとともに、常に良好な森林整備に取り組むことを本町の林政の基本的な方向として確認し、この条例を制定する。

(趣旨)

第1条 この条例は、前文の目的を達成するため、檮原町鎮守の森モデル林を指定し、その整備及び取り扱いの方法について定めるものとする。

(指定)

第2条 檮原町鎮守の森モデル林の名称、位置、面積、整備及び取扱いの方法については、別表のとおりとする。

(整備及び管理)

第3条 鎮守の森モデル林の整備と管理は、所有権等全ての権原が町にあるものについては町が行い、国有林及び私有林であって権原が町にないものについては、別に定めのあるものを除き、権原者と協議して町が行うものとする。

2 町は、鎮守の森モデル林の標識を設置するとともに、別表に定める整備及び取扱いの方法に則して、常に良好な管理に努めなければならない。

(委任)

第4条 この条例に定めるもののほか、必要な事項は、町長が別に定める。

附 則
この条例は、公布の日から施行する。

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