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里山登山学校(泉山・いずみがせん) [ヘルスツーリズム実践を映像で紹介]

本日、里山登山学校の行事にて、岡山県の泉山(いずみがせん)に出かけてきました。その映像をご紹介しましょう。


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虎の巣・タクツアン僧院への道4 [ヘルスツーリズム実践を映像で紹介]

いよいよ、タクツアン僧院への道は、佳境に入ってきました。


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虎の巣・タクツアン僧院(映像1) [ヘルスツーリズム実践を映像で紹介]

チベットから虎の背中に乗って、パドマ・サン・ババが仏教をブータンに伝道したといわれる、由緒ある寺院です。シリーズ第一回目の映像です。最終回には、タクツアン僧院の入り口付近が出てきます。


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ブータン最新映像(パロゾン1) [ヘルスツーリズム実践を映像で紹介]

ブータン最新映像シリーズのパロ・ゾン(砦)の入り口付近の様子です。

撮影は、2010年11月21日です。


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ブータン帰国第一弾!空の道 [ヘルスツーリズム実践を映像で紹介]

本日朝、ブータンより帰国いたしました。早速第一弾の映像として、ブータンへの空の道をご紹介しましょう。タイのバンコックから約2時間30分。最近は、毎日一便フライトがあります。もし、行かれることがある方は、ぜひ、往路は進行方向左手にお座りください。

ブータン到着前には、左手に、世界第三位の高峰・カンチェンジュンガの雄姿が、そして、その右手には、チョモラ―リ峰の秀麗な姿が見えてきます。(代表)


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市町村各位 「ブータン的構造改革」 [ちょっと気になる素敵な文章]

下記の文章はとある研究所のコラムからの抜粋です。

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市町村各位 「ブータン的構造改革」

  ブータン王国で世界初とも言える「タバコ販売全面禁止令」が、世界中の新聞紙上を賑わせた。先進国に先駆けた、この政策でヒマラヤの小国は一気に「人権保護」「予防医学」の分野における世界的優位を獲得したといえる。王国はどれだけのリスクを経てこの政策に漕ぎ着けたのか。

 仏教国であるこの国では、伝統的教義の中で禁煙が唱われてきた。また、人々の間では、ビンロウの実を新鮮なキンマの葉で包んだものを口に含む「ドマ」という趣向品が好まれている。もともと喫煙率の低い国である。また全てのタバコは輸入にゆだねられており、今回の法令に対する国政へのリスクは我々が受ける印象よりも明らかに低い。少なかった喫煙者の数は法令後、明らかに減少しているものの未だ通りで喫煙者を目にする。内政的には禁煙政策への意向がうかがえるものの個人の意志を尊重しているのか、アメリカにあける禁酒法とは明らかに異なったムードを感じる。

 今回の政策で小国ブータンは、世界に向けて自国を十分にアピールする事に成功した。同時に自国民には国民性を生かした無理のない方法で、伝統を顧み団結を訴えた。国民は自国にプライドを感じ、結果として労働生産は向上するであろう。一つの政策で「外交」と「内政」両方の成果を得たのである。環境社会学の立場からブータンを研究する平山修一は、これを「ダブルスタンダード(二重構造)の政策であり、途上国が国家主権を保つ為の必然的な選択ではないか」と述べている。

 伝統を尊重する。我が国における政策または「町興し」と言えば、外からの情報を多く取り入れる事ばかりが良い事とされ、その土地で数千年かけて培ってきた、最善の知恵は疎かにされていることが多いように見受ける。「よその家の芝生」を追う事ばかりを続けてきたのではないか。

 近年、「三位一体改革」、「補助金削減」など、地方への自主性への委譲が進められており、地方色を生かした独自のアピールが必須となっている。

 そこで我々GNH研究所が各地域復興のために進める提案は「内的発展」である。その土地の特色を生かし、もしくは復興する中で、外から無理のないタイプの、時代に即した情報を選び取り導入していく。小国ブータンの「タバコ販売全面禁止令」は、そのひとつのモデルである。ブータンの成功の裏側には人口の少なさも大きく関与している。100万人以下。この数は国の人口としては少なく、日本では市町村レベルの人口である。大きな目標を掲げ達成するのに可能な人口数であると考察する。地方で達成された成果はやがて国の発展モデルとなる事であろう。

文責 高田忠典


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ブータンで読んだ文章(隠された稲作文明に光を)―梅原猛氏の慧眼 [ちょっと気になる素敵な文章]

下記の文章は、現代農業からの抜粋である。 

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21世紀を拓く稲作文明
――梅原猛氏の講演に思う

◆隠された稲作文明に光を――梅原猛氏の慧眼

 

 不確実な未来を語るうえでもっとも大切なことは、人間は自然にそっぽを向かれては生きられないという単純な事実だ。自然にそっぽを向かれない生き方とは、言い換えれば自然とのつき合い方の原理(これを文明のあり方といってもいいだろう)を征服的・略奪的なものでなく、共生的・循環的なものにしていくことにほかならない。

 去る3月5日、東京で「都市と農村のかかわりを環境から考える」ことをメインテーマにした「21世紀の日本を考えるシンポジウム」が開かれ、哲学者であり作家でもある国際日本文化研究センター顧問の梅原猛氏が基調講演をおこなった。氏は演題を「これからの人類の道・共生と循環の世界観――隠された稲作文明に光を――」と設定し、大要を次のように述べられた。

――文明の代名詞のように言われてきた西洋の文明は、人間中心、個人中心。これは都合わるい。自然を支配して人間だけ栄えることは許されない。今までの哲学は西洋の哲学にすぎなかった。しかも農業の成立が人間の文明や思想にどうかかわったかの考察がない。

 人間中心、個人中心の西洋文明の根底に小麦と牧畜の農耕文明がある。これに対して稲作のほうは人間と人間の関係とか人間と自然の関係を重視する。稲作も自然を破壊しはするが、限度をわきまえていた。森は神様のいるところとして残したなどはその象徴だ。こうして、西洋文明と東洋文明の違いは小麦と米の違いと言えるのではないか。


 来るべき21世紀には人間中心主義による自然破壊はもう許されないわけで、このような時代だからこそ我々は稲作を基調にしたアジア・モンスーン地域の文明が、21世紀に起こるであろう難問を解く際に大きな意味をもつものであるという自覚をもちたい。(詳しくは現代農業増刊『新農基法に提案する』を参照されたい)


 氏の講演のポイントを3点にまとめさせていただくと、次のようになるだろうか。


 (1)農耕の形は自然条件によって規定され、西の小麦+牧畜と東の稲作農業という対照的な2つの形を生んだ。

 (2)この農耕の形の違いが人間の意識(思想)や文明の違いを生み、自然に対する人間の態度の違いも生む。


 (3)それは、小麦農業においては征服的・直線的な自然観としてあらわれ、稲作農業においては共生的・循環的な自然観を生んだ。前者は自然にそっぽを向かれかねない人間中心思想であり、後者は自然と人間を1つのものととらえ、その共存・共生関係を大事にする思想である。

 こうして、どちらが21世紀に向けて引き継ぎ生かすべき自然観、文明、農耕の形であるかは、もはや明確だ。

◆「小麦+牧畜」が自然征服型になる メカニズム

 ところでしかし、なぜ小麦文明は征服的で自然略奪的なのか、なぜ稲作農業はその反対なのか。洋の東西に対照的に成立した2つの農耕型の特徴を洗い、征服的と共生的のよってきたるゆえんを探ってみよう。


 農業をまずは食糧生産の場とみたばあい、目につくのは両者の人口扶養力に雲泥の差があることだ。


 古代から中世へ、2圃式から3圃式に進んできたヨーロッパ農業だが、10世紀ころの小麦で播種量の3倍を収穫するのがやっとで、中世末の14、5世紀でもわずか5倍程度にすぎなかった。ところが、奈良時代8世紀の日本では最下位の田んぼでも7倍、上田では25倍もの米の収穫をあげている(河野健2、飯沼2郎『世界資本主義』岩波書店、山根1郎『日本の自然と農業』農文協などによる)。


 播いた種の3倍とか5倍くらいの収量では収穫した麦の2割とか3割を翌年の種子用にとっておく必要があり、ただでさえ低い人口扶養力をますます低くした。
 反収の低い直接的な理由は、水分不足による発芽不良や生育途中の枯死だったが、この理由がまた、水分の確保と地力回復のために休閑地を置かなければならないという事情を生み、人口扶養力の低さにさらなる追い打ちをかけた――。


 こうした穀物収量の低さと休閑地の必要は必然的に人間1人当たりに必要な耕地面積を広大なものとし、勢い耕うん作業は畜力に依拠することになるが、この家畜は一方で、山や川とつながってないヨーロッパの閉鎖系耕地では、耕地内の唯1の肥料生産者でもあったから、広い面積に相応した多くの頭数を必要とした。

それはまた、この家畜の放牧や飼料生産のための広い耕地を要求し……となっていく。小麦もできない、できなくなったところでは草を生やして肉生産をするが、この迂回生産のために要する耕地面積が、人間が直接穀物を食べるために要する面積の8~10倍もする、そもそも自然征服的なものであったことはいうまでもない。


 こうしてヨーロッパの小麦+牧畜農業は、どこまでも面積を求める農業であり、外へ外へと向かっていかざるを得ない農業だったのである。

 ヨーロッパでは「耕種が主か家畜が主か、という議論が意味をもたないほど両者が密着した農業形態」(吉田武彦『水田軽視は農業を亡ぼす』農文協、1978年)だったのだが、この農業は、その出自からしてそれ自身で完結することを強要された閉ざされた系(註)の生産体制であり、それゆえ絶えず地力の不安定や降雨量の変動にビクビクしなければならない農業だった。

勢いその不安を外延的征服的な解決策に求めざるを得ない農耕の形になったのである。 (註)閉ざされた系とは、その耕地が川と山とのつながりを遮断されていることを指す。ヨーロッパにも各国各地域を貫く大きな川はあるが、その数は少ない。川の分布密度が低いのである。

耕地に水を引こうにも何10キロ、何100キロと離れておりとても無理な話。「3歩あるけば川」の日本とは大違いなのである。また、山(森)からの肥料源の供給も、降雨が少なく植生の再生力が弱いためおよそあてにできなかった。
強くてかつ調和もはかる

◆水田稲作農耕文明

優れ者の稲

 ひるがえってアジア、とりわけ日本の稲作農業はどうだろうか。
 稲作農業の人口扶養力が麦に比べて圧倒的に高いことは先にも述べたが、播種量と収量の比が小麦では中世で3、近世で5、農業革命後でやっと10だった。これに対し、わが日本の稲では中世でも20、近世ですでに40にも達していた。この差は現在でも基本的に変わっておらず、各国各作物の播種量・収量比は表のようになっている。稲が、いかに人間の食糧として優れ者であるか、一目瞭然である。

表 現在における播種量・収量の比(加用信文)
 日 本米 国英 国
イ ネ110―14424.2
コ ム ギ51.723.615.7
オオムギ54.39.118.4
エンバク7.414.4
山根一郎『日本の自然と農業』農文協、58頁より  

山―川―田―海――開かれた生産システムの 核としての水田

 この稲自体の優秀さをさらに助けたのが、日本の山、川、田のつながりである。育種学者の角田重三郎東北大学名誉教授は次のように述べておられる。


 「子供のころにならった小学校唱歌の『汽車』(作者不詳)の第1節は、


 今は山中、今は浜
  今は鉄橋渡るぞと
 思う間も無く、トンネルの
  闇を通って広野原


であった。
 日本の風景が、山と海と川、そしてなにがしかの山麓の平坦地で構成されていること、それらが繊細にいりくんでいることがよくわかる。そして日本の水田稲作は、この海と山と川の恵みを享受しているのである。」(『新みずほの国構想』農文協、1991年)


 ここには、小学校唱歌をたくみに引きあいに出しながら、日本の水田稲作農業が、日本の地形や自然総体と関係をもちながら〈場〉として成り立った状況が見事に描かれている。

 「思う間も無く」次々変わる風景。それは、地形が急峻で大平原もなければ巨大な川もなく、地形、したがってまた土壌も「繊細にいりくん」だ複雑多様な日本の自然の特徴をひとことで表わしている。
 

繊細に入り組んだ地形は1見、水田の造成には不利に思えるがじつは逆で、「山から平地にさしかかる川沿いの小平地は、たいした工事を要せずに潅がい水を自由に得ることができるし、洪水などの大災害のおそれも少ない。モザイク状の地形は、こうした原始的な水田農業の場を数多く提供したと思われる。」(吉田、前掲書)

 弥生以来、人工的な潅がいシステムをもつ水田稲作=潅がい水田稲作はこのように出発点から山、川とのつながりの中でつくられた。それは、山、川と遮断されたヨーロッパの閉鎖系耕地システムとは全く異なる、開かれた耕地システムだった。


 こうして「この灌漑水田稲作は、森(山林)にささえられて成立しており、また川の遊水池を拡げ水位を調節するようにして成立している(地下水を汲みあげる方式もあるが日本では少ない)。そして降水は森に蓄えられ、ついで水田に蓄えられ、10分に利用されたのち海にかえる。その過程で森の養分(土を含む)は稲の栄養となり、森と水田の緩衝作用をへて適度の栄養成分をふくむ水が沿海に供給されて水産物の生産を助長する。

つまり灌漑水田稲作の系は、〈海と森と川と田からなる生産の系〉、そして〈林産や水産も関係している生態系〉である、とみることができる。
 稲作を主体としてみると、灌漑水田稲作は〈海と森と川に抱かれて成立した稲作〉であるといえよう。」(角田、前掲書)

◆水田は稲を強くし、海も耕した

 海と森と川に抱かれ、開かれた耕地系として生まれた水田は、稲のもつ能力を十二分に引き出した。山川からの養分とその湛水による可溶化(とくにリン酸)は無肥料でもある程度の稔りを保障した。

恵まれた雨で再生力の強い山の植生は水田の豊富な肥料源ともなった。夏、高温期の湛水はその有機物の消耗を抑え、落水後、収穫したあとの冬の寒さはこれまた有機物の分解を抑えてくれる。葉から茎、根への通気系が発達している稲は水に植わってても窒息することがなく、かえって豊富な水を存分に使って、小麦の5倍もある気孔ともども、もてる光合成能力を遺憾なく発揮する。……


 水の循環を軸にした開かれた耕地系としての水田は、このように稲の力を引き出すとともに、片や海の豊饒もつくりだす。


 田から川へ、川から海へと流れていく適度の栄養分を含んだ水は沿海の魚介を育み、日本人の動物タンパク源となってくれた。近現代になってからはわが国水田稲作も多くの肥料を使うようになったが、それでも海を荒らすことはなかった。

水田はチッソやリン酸濃度が高くなるとそれらを吸着・保全し、逆に低いときは放出する。山や畑から流れてくる養分の濃淡に対しても同様の働きをし、水田を通ることによって養分濃度を中庸に保つことができる。

こうしてわが国の沿海は過剰栄養でもなく貧栄養でもない魚の天国となって、水産大国日本をもたらしたのである。先の角田重3郎名誉教授はこうしてできたわが国沿海漁業を、西欧の牧場に対比して「海の牧場」と名付けている。
 まさに山と川と田と海、林業と水田稲作と漁業はもちつもたれつ、共生と循環の一大開放系生産システムを成しているのである。

◆自然と人間の調和を求める稲作文明

 水田稲作農業をまん中にすえたわが国開放系生産システムは、先にみたヨーロッパの閉鎖系のそれと比べたとき、その特徴はきわめて明瞭である


 第1にそれは、循環する水を仲立ちにした「開かれた自給」システムであり、それゆえに全体の調和を絶えず求める節度をもっていることである。山と川と田と海、これらが個々バラバラひとりぽっちなのでなく、互いに依存し、共生しあっている。その関係総体の中で再生産がおこなわれているのである。

したがってこのシステムは、本質的に外に延び他者を侵蝕していく動機をもたない。それをやったら「共生」のバランスが崩れやがて自分の首をしめることにつながっているからだ。それは例えば、山をさらに切り開いて水田開発を推し進めようとした為政者に激しく抵抗した近世農民の英知にも反映されている。基本的に地力収奪的で、外へ外へ面積を求めていくしか方法のなかった小麦+牧畜の西欧農業との根本的違いである。

 第2には、むらの原理が働くことである。ゆいや山の下草刈りの共同作業はもとより、田に水をいつ、どれくらいの量や割合で入れるか、同じ水系の上、中、下流の人たちが何度も話し合いながら全体を調整した。

大きい農家と小さい農家の関係も弱肉強食のそれではなかった。水の循環を軸にした開放耕地系では、自分の田を荒らすことは他者様に申し訳ないという意識も働いた。

自然の相互依存・共存性の高さゆえに人間同士、むら同士の共存・共生関係も磨かれたのが日本の、アジアの特徴だった。閉ざされた系のもと絶えずフロンティアを求めた牧畜農耕、そこでの非共存的「自立」した人間像との、これまた根本的な違いである。

 この100年、私たちはあまりに欧米的なるものに目を奪われてきたきらいがある。しかし、食生活ひとつとってもパンや肉に表現される小麦+牧畜農耕の脆弱性やそれ故の侵略性は今までみてきたとおりである。

山、川、田、海のつらなりで高い扶養力をもつ米、そして「海の牧場」からとれる魚を軸に、プラス大豆や野菜を組み合わせた食事構成の方が健康にもいいことは近年ますますあきらかになってきているところだ。


 本誌でもしじゅう紹介しているように、高齢化、女性化という、今まで弱味と思われてきたことを、稲と水田自身のもつ柔軟性、包容性をたくみに活かすことによって意味を逆転させた農法がたくさん生み出されている(高松求『60歳からの水田作業便利帳』、古野隆夫『合鴨ばんざい』なども参照、いずれも農文協)。

 このような水田稲作を核にした日本農業の蓄積と経験をひろくアジア全体に伝えることができれば、食糧、人口、環境など世界が直面する難題に大きく貢献することができるように思われる。
 20世紀、近代西洋文明の100年から、21世紀は水田稲作農耕文明の時代である。


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チベット最新事情 天空を駆ける列車 [清水代表に関連する記事]

チベット最新事情 天空を駆ける列車
 早朝8時ラサ駅…。

 2009年8月16日早朝8時。私はチベットのラサ駅のプラットホームにいた。今回の旅の目的は、東チベット地方の視察と青蔵鉄道乗車にあった。
前夜は、チベットでは珍しく嵐の夜となった。ライトアップされていたポタラ宮殿も、その白い巨大な壁を漆黒の闇に溶かされていた。その天候のせいなのか、酸素の薄さに体が十分順応していないせいなのか、浅い眠りのまま朝を迎えていた。
ラサ時間の8時は、実質的には6時前後である。北京とラサの間には、事実上2時間程度の時差が生じている。前夜の雨が路面をしっとりと濡らし、チベットとの別れを惜しんでいてくれるようだった。

 チベット大量物流時代

 青海省・西寧とチベット自治区のラサを給ぶ、総延長1956kmの青蔵鉄道は、2006年7月1日に開通した。この鉄道の敷設は困難を極めたという。第一に、その通過する高度である。列車が通過する最高地点が、海抜5072mのタングラ(唐古拉)峠である。その近くにある、タングラ駅は世界一高い(標高5068m)鉄道駅となる。さらには総延長1956km中、1000km弱が海抜4000m以上なのである。それだけで悪条件下であるにもかかわらず、人跡未踏の野生の大地や永久凍土の不毛の荒野が広がっているのである。
列車内の構造にも、その悪条件下での工夫が多々見られる。耐圧ガラスの窓や酸素供給チューブの設置などなど…。言ってみれば、現代の技術の粋を集めた鉄道なのである。そして驚くのは、その列車の本数の多さである。
ラサを出発する便は、1日平均10本以上ある。その最終目的地もさまざま。私たちの列車は、北京西駅が最終目的地であった。それ以外にも、西寧、成都、蘭州、上海、重慶、広州などが最終目的地表示されていた。
ちなみに、ラサ・北京間は2泊3日がかりの車中旅。旅客用列車だけでなく、物資輸送の貨車の姿も多く見た。これだけ多くの都市間を結ぶ大量輸送の鉄道の影響は、ポタラ宮殿内部の見学時にその一端が垣間見られたのだ。
どこを向いても都市部から来た、漢族系中国人団体観光客の姿である。夏休みのせいか、家族連れの姿が多い。そして、漢族系ガイドのキンキン声が宮殿の中にこだましていた。ラサの中心地・ジョカン寺の周囲(パルコル)には、貴金属や骨董品を扱う大きな店が軒を連ねていた。
その多くの店の看板は、大きな漢字表記と、申し訳程度の大きさでのチベット文字表記となっていた。鉄道敷設に伴う大量の物資と人間の流入は、これまでのチベット生活圏の変化のスピードを格段に速度アップさせている。
言ってみれば、五体投地の巡拝を終えてふと後ろを振り返ってみれば、そこには見たこともない風景が広がっているようなものだろう。

 天空を駆ける列車

 そんな異邦人の心配事を、車窓の外に流れながら展開してゆく、素晴らしい風景の数々が霧散してしまったのである。ラサを出発し、最初に感嘆の声をあげたのは、雪を抱いたタンラ山脈の姿であった。そして連続して展開してきたのは大草原地帯。
しばし、無数のヤクの放牧風景に見とれてしまっていた。食堂車に移動した時には、チベット3大聖湖のひとつ、ナムツォの青い湖面が出迎えてくれた。野生保護区通過時には、中国人乗客と一緒になって、カメラのレンズでチベットガゼルの姿を追っていた。
その後も夕暮れ時の黄河源流地帯、真夜中のゴルムト駅通過、一夜明けての青海湖や黄土高原地帯などなど、天空を駆ける列車の旅は、時間の経過すら忘却の彼方へと追いやってくれていた。気がつくと、赤濁する黄河の支流が現われ、いつの間にか車窓には高層ビルが林立する都会の風景が迫っていた。甘粛省・蘭州への到着時間が近づいていた。

 人間勝手なもんだね~。

 いやなもんだ。蘭州に到着する頃には、チベット伝統文化の消滅への危惧を忘れて、大量物流を可能にした鉄道車窓の風景に心を奪われていた。
人間勝手なもんだね~。昨今のチベットのように、大量輸送時代を迎え、市場原理主義が横行し始めている中国の辺境地帯。便利さや表面上だけでの快適さの裏で、静かに潜行している、見えざる変化への観察眼を忘れたくはないものだ、と蘭州のホテルで一人反省のつぶやきを吐いていた。


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ブータンからマチュピチュへ [ヘルスツーリズム実践を映像で紹介]

本日、清水代表とクラブのメンバーは、ヒマラヤの国ブータンから帰国されます。ブログ上にての写真や映像のレポートが楽しみですね。そして、本日の映像は、謎の空中都市マチュピチュです。どうしてかって・・?

そうなんです。次回のクラブの世界紀行シリーズは、マチュピチュ行きなのです。来年1月の予定です。8名のメンバーとともに清水代表も同行を予定しています。こちらの紀行レポートも今から楽しみですね。(事務局)


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バンコックに到着 [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

現在バンコックに到着です。次のフライトまでの時間待ちをしております。
気温が30度を超えており、非常に不快。

ブータンのパロ空港まで、現地在住の日本人女性の見送りを受けました。
往路と同じく、カンチェンジュンガ峰ー世界第三位の高峰ーの美しい姿を見ながらのフライトでした。

ブータンからの通信です!紙すき工房 [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

ブータンの製紙技術は、相当高いものがあります。これも伝統的技術工法のひとつでしょう。クオリティーの高い紙は、外国人のお土産にはもってこい。レターセットランプシェードなどのスタンダードなものはもちろん、紙そのものを買い求める人もいます。

絵を書く人には、このブータンの紙は垂涎の的のようです。うっすらと滲みこんでゆく、その時間が至福の時と聞きます。

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こうぞ、みつまた、を煮ています。

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日本向けGNH・武士道 [ちょっと気になる素敵な文章]

下記はとある研究所のコラムからの抜粋です。

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日本向けGNH・武士道

ブータン王国で独自の政策を展開しているのは有名な話である。民族衣装着用義務,外国人の入国制限,ゾンカの普及推進,森林伐採規制,タバコ販売禁止。これらは殆ど自国のアイデンティティーを守る為,持続可能な内的発展の為に行っているのである。

 最近,“内的発展”をキーワードに本を読みあさる内,一つの本にたどり着いた。新渡戸稲造が1899年(明治38年)に著述した「武士道」。日露戦争よりも前,日本社会に軍国主義がはびこる以前に書かれた本である。その一節に「武士道はその表徴たる桜花と同じく,日本に固有の花である」と。

 現代日本における有形の文化財が中国などからの伝来した文化継承を日本式に改良した物と違い,無形である「武士道」の精神は新渡戸が「武士道」の中で触れているように日本古来の精神といえよう。新渡戸の執筆から既に一世紀以上経った現在において,日本古来の「武士道」の考え方は非常に新鮮に筆者には感じられる。

 武士道とGNHを比較すると大きな共通点が見出せる。それは“持続可能な内的発展”という考え方である。武士中心の社会は少なく見積もっても,過去700年以上に渡って発展を続けてきたと考えられる。筆者は思うに,武士道精神が無ければこれ程までに長期間の持続的発展は有り得なかったと考えている。現代日本が“持続可能な内的発展”を目指す中で,過去にこれほどまで長期間に渡って持続可能な内的発展が既に日本国内にてあった事は誠に驚きである。長期間にわたって発展可能であった武士道精神を日本人のアイデンティティーとして研究し,「日本向けGNH」と名付けたい気持ちである。

 フランスの経済学者シェイソン氏の計算したところによると「各人は,その血管の中に少なくとも西暦一千年に生きていた二千万人の血液を持っている」という(新渡戸稲造著(1899),矢内原忠雄訳(1938) 武士道 岩波文庫より一部引用)。その実例として思い付いたのが現代の我々もお正月にはお節料理を食べ,春になれば桜の花見をし,人と会えばお辞儀をして挨拶をするといった武士中心社会であった江戸時代に暮らしていた人々の習慣が残っている。“お辞儀をして挨拶をする”という武士の習慣も部分的に受け継がれているならば,現在の日本においても武士道の考え方,精神はまだ生きているのではなかろうか。であるならば「日本向けGNH」という考えも実現可能であろう。今後,数回に渡って武士道の「義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義・克己」,それぞれについて考察を行っていきたいと思う。

 

文責 瀬畑陽介


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ブータンで読んだ文章・風景と人生 [ちょっと気になる素敵な文章]

下記の文章は、現代農業(雑誌)からの抜粋です。

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幼青年期の長期記憶が一生を支えている

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 写真のように、少年が「牛の鼻取り」して代かきをする光景は、昭和30年代前半までは、全国どこでも見られた。今の小学生がこの写真を見たら「これ、日本なの?」と疑うであろう。鼻取りを体験したことのある団塊の世代以上の方なら、あの時のことを雄弁に語り始めるだろう。

 「この鼻取りは大変なんだ。毎日世話した牛でも、田んぼの中に入ると言うことをきかない。竹棹を持ってまっすぐに歩くよう牛の頭を進行方向に仕向けるんだが、ちょっと油断すると曲がってしまう。親父はマンガを押さえてドウドウドッとかきたてるし、気がせくばかりで泥に足を取られて牛に何回も転ばされたよ。鼻取りがうまくできたときは、親父からお前も一人前だと言われ、嬉しかったよ」

 写真映像は昔の記憶を甦らせる力を持っている。昔の写真を高齢者に見せると、痴呆ぎみな方でも途端に目は生き生きしてきてしゃべり始めるという。この写真の力を生かした「回想療法」が介護福祉の場で注目されている。

志村ゆず・鈴木正典編『写真でみせる回想法』(弘文堂)によると、記憶には短期記憶と長期記憶があり、老人は最近の出来事を記憶する短期記憶は衰えるが、幼少から青春時代の長期記憶は消えることはないという。五感を通じて経験した個人的なエピソード、言葉の意味や習慣など無意識に反復したものが、長期記憶として保持されるというのだ。

 鼻取りの写真をおばあさんに見せれば、こんなことをしゃべりだすに違いない。

 「上の畦塗りをした畦にポツン、ポツンと黒く見えるのは、畦豆をまいたところだよ。畦豆は塗った畦に穴をあけて種子を入れ、モミガラくん炭を詰めるだけだったから。豆はカッコウが鳴いたらまけといわれてたから、この写真は五月半ばころじゃないか。畦豆は秋にクルリで叩いて脱穀して、大きな釜で煮て味噌をつくったり、祝い事には豆腐にしたり、豆がらは焚き付けにしたり、牛の餌になったり、あのころは大事なものだったんだよ」 

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上の写真の「孫を子守する老漁師」に見られるように、孫を子守する老人の写真が多い。いずれも威厳を醸し、実にいい顔をしている。

昔は生まれる子どもも多かったが、幼くしてなくなる子も多かった。毎日の稼ぎに忙しい両親に代わり、孫を死なさずに大きくすることが祖父母の当たり前の役割だった。

祖父母は、

「ごはん粒を残すと目がつぶれるよ」

「ご飯を食べてすぐ横になると牛になるよ」などの言い伝えや、

「あの川淵のあの石の下にはウグイがいっぱいいるよ」

「川で流されたときは焦らずに流れに逆らわないことだ」

「山で道に迷ったときは大きな木に登って目印のものを探すことだ」などと、

自分の体験した教訓などを、孫に面白く、時にきびしく話してくれた。

それらは、その地域で長年の生活のなかから生まれた、その地で生きるための大切な知恵であり、生活文化であり、聞いた孫の長期記憶となって伝承されていった。

 しかし現代は、祖父母の伝承や経験からうまれた知恵が孫に伝わらない時代だといわれる。「ウサギ追いしかの山」は荒れ、「小ブナ釣りしかの川」は三面コンクリの用水路となってしまった。孫の関心もテレビゲームや少年スポーツクラブ、学習塾であり、パソコンなど電子機器の操作は孫のほうが優れ、祖父母が出る幕はない。

 幼年期から青年期に培われ記憶された長期記憶は、大人になると否応なしに現実的生活に追われ、意識の深層にしまわれがちになるが、その人がその後も生きていくうえで反復し己を支えてきた重要な記憶ではなかろうか。

高度成長時代に見捨ててきたもの

 昭和30年代後半、いままで親父が座っていた上座にテレビがドカンと居座るころから、世界に誇る高度経済成長が始まった。日本人の誰もが、より効率的な、より利便的な、より豊かな労働や暮らしを求めて邁進してきた。『4 都市と町』を見ると、日本人の暮らし方が大変貌していく様子が如実にわかる。国会議事堂の前庭がサツマイモ畑となった昭和21年から、新幹線や高速道路が走り、霞が関に超高層ビルが立ち、GNPが世界2位となった昭和43年までは、わずか20年余のできごとである。

 しかし、その「進歩」や「豊かさ」の見返りに数多くのものを見捨ててきたのではないだろうか。須藤の師であり、自らを「大島の百姓」と称して全国の農山漁村をくまなく歩き、名もなき人に耳を傾けた宮本常一は、『民俗学の旅』(講談社学術文庫)のなかで、次のように記している。

 「いったい進歩というのは何であろうか、発展というのは何であろうか(中略)。すべてが進歩しているのであろうか。停滞し、退歩し、同時に失われてゆきつつあるものも多いのではないかと思う。失われるものがすべて不要であり、時代おくれのものであったのだろうか。進歩に対する迷信が、退歩しつつあるものをも進歩と誤解し、時には人間だけでなく生きとし生けるものを絶滅にさえ向かわしめつつあるのではないかと思うことがある。 進歩のかげに退歩しつつあるものをも見定めてゆくことこそ、今われわれに課せられているもっとも重要な課題ではないかと思う」

 近代化は、より金になり、より体を使わず合理的で効率的な労働、技術、暮らしを「進歩」とし、そうでないもの、価値あっても儲からない効率の悪い技術や仕事、産業、“不合理”な人とのつきあいや習慣、習俗などを無用なものとみなし、捨て去り、忘却してきた。

 たとえば、「牛の鼻取り」に見られる田んぼの耕耘・代かきは、人力・牛馬から耕耘機、トラクタへと変わり、代かきは田んぼに入ることなく一反歩一時間もかからないで終わってしまう。こうして、牛という生き物を思いやる気持ちも技術も、泥田に入り田んぼの生き物を見つめることも、労働を通じて子と親がふれあうことも、トラクタ耕耘という効率の前に消えた。牛がいなくなれば草も必要なくなり、畦豆も作られなくなった。畦豆がなくなると手前味噌も消えた。今では除草剤をかけて畦草を枯らすことも珍しくなくなった。

 さらに近代化は人間にとってのみの「進歩」であった。宮本が憂えているように、人間にとって有害な生き物、あるいは無用な生き物は、排除・隔離するか、抹殺することにためらいはなかった。

肉体を使うことによって甦る一体認識

 しかし、生き物としての人間が変わったわけではない。神経には自分の意思で操れる知覚運動神経と、自分の意思とは独立して内臓をコントロールする自律神経とがあり、自律神経によって動いている心臓は、自分の意思で一鼓たりとも止めることはできない。同じように、意識の面でも、「進歩」を追求する合理的・科学的な意識だけで暮らしや仕事が成り立っているわけではない。たとえば、家畜がいなくなりまったく金にならない畦草刈りを、ほとんどの農家が今も続けているのはなぜだろうか。

 草刈り作業の労働時間を考えれば、除草剤をかけたほうがはるかに効率的である。草がなくなると畦が崩れやすくなるという科学的な意味もあろうが、枯れて土が露わになった畦を心地よく感じない深層の意識がそうさせているのではないか。

畦はさまざまな草やバッタや蝶や鳥などの生き物の生息の場であり、草刈りは彼らと関わる場でもある。刈り終わってイネが美しく映えた田んぼを見ると、田んぼやイネや多くの命との一体感に包まれ、時には田んぼやイネに働かされているのではないかという心境になる。それは、自分がその田んぼの自然や生き物の一部となり、一体となって生きている、生かされているという一体認識である。百姓ならではの至福を感じるひとときだ。

 『写真ものがたり 昭和の暮らし』を見て圧倒されるのは、人は生きるために、かくも肉体を使って自然と対峙してきたのかということである。過酷な肉体労働一般を賛美するわけではないが、自らのエネルギーでなく石油エネルギーや化学資材を使う労働がほとんどとなり、前述のような命と命のつながりのなかで生きている至福を感じることが少なくなった。肉体を使って直接、自然に働きかけることによってこそ、一体的に、総合的に認識できるようになるのではなかろうか。

 小学校などの総合的な学習の時間でイネ作りが盛んに行なわれているが、すべて手植えである。もともと子どもは大人よりも一体認識力が優れているが、手植えをすることによって、自分の肉体が田んぼの泥や水や生き物と直に五感でふれあい、一体認識が弾けるからだ。精農家が作物と話ができるのは、作物との一体認識ができるからであり、(旧)山古志村の方々が早くむらに帰りたいと願うのは、己の命が山古志の山河や田畑と一体だと認識しているからではないだろうか。

繋がっている一体認識から生まれる感謝の祭り

 もうひとつ、この『写真ものがたり』を見て驚くのは、祭り、とくに神主を呼ばず自主的に行なう行事の多いことである。雛祭りなどの節句、山の神の祭り、水神祭り、観音様、庚申様、お地蔵様、蚕神、どんと焼き、十五夜、船玉様、大黒様、恵比須講、盆、アーボヒーボ、アエノコト、マンガライなどなど、地域によって違うが実にさまざまな行事を、家ごと、集落ごと、あるいは祭りの講ごとに行なっている。子どもたちにまかされている行事も多い。これらの祭りや行事は今でも、農山漁村ではあまり知られることなく営々と行なわれている。

0508_03[1].jpg 日本の農村部・倉踊り

s-IMG_3306.jpg ブータン農村部の踊り

 神に祈りたい気持ちは、自分の命と、今ある身近な自然や生き物や人とが、さらに先祖や地域の先人とが繋がって生き、生かされていることに対する感謝の思いから生まれる。祭りや行事は、そのことを家族や地域の人と一体となって確認し、子や孫へ伝える場であろう。祭りにもまた、肉体を激しく使うものが多いのも、それゆえであろうか。

 合理的・科学的認識からは、このような思いは生まれない。科学的認識は対象と自己を切り離し客観的に分析する思考だからである。人間はこの客観認識を発達させることによって進化、進歩してきたが、いつの時代にも客観認識と一体認識によって自己同一を保ってきた。科学的合理的認識が悪で、一体認識が善であるといっているのではない。孔子の論語に「学びて思わざれば則ち罔(くら)し、思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し」という言葉があるが、学び(科学認識)と思い(一体認識)を両立させなければならないという意味であろう。

国際的視野は家庭学、地元学から

 戦前はこのイエやムラの一体認識が国家や天皇制に絡め取られてしまった悲しい時代であったが、たらいの水といっしょに赤子まで流し去ってはいけない。希薄になった一体認識を甦らせ、在る自然を生かし、折り合いをつけて関わって自然と共存していく未来を模索していくことが新たな課題となった。生き物や自然との関わりを生業(なりわい)とする農は、その意味でも未来を切り開く、もっとも有利な場所にいる。

 日本の近代化の過程では、「井の中の蛙 大海を知らず」と言われ、島国根性、村根性ではいかん、広く都会や海外に出て視野を広くすることが求められた。しかし、現在の地域、郷土を支えてきたのは、地域のなかで身近な自然とともに暮らし続けてきた人びとである。

農山漁村の風景はいかにものどかで自然に見えるが、何として人の手が加わっていないものはない。その風景は、その地でより良く生きたいと願い、何代も生き続けた人たちの思いがつくったものである。先の格言には下の句があり、「井の中の蛙 大海を知らず されど天の高きを知る」である。

天の高き=物事の本質は広く動きまわればわかるものではなく、身近な地域の自然や人との関わりを深め、一体的認識を持続していくことによって知ることができる。だから、地域の自然のありようによって、天の高きのありようも違ってくる。それが世界に通じるグローバルスタンダードではなかろうか。

 これから10年くらいは、大海を知った団塊の世代を中心とする人びとが、天の高きを知るために続々とふるさとに帰ってくる。新しい仲間とともに、自分の家族、自分の集落や村の「写真ものがたり 昭和の暮らし」をつくり、新しい未来を切り開いてほしい。 (農文協論説委員会)


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ブータンからの通信です!男性の正装 [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

本日日本時間の午後、バンコックへ向けて出発します。本日の通信は、ブータン男性の正装をいろんな角度からご紹介しましょう。

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まずは着始めの中身から・・・。

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公的な場所に出かける際には、このように白い色(この肩からかける布地の色によって社会的地位がわかるそうです)をかけるのです。

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ブータンで読んだ文章 [ちょっと気になる素敵な文章]

下記の文章は、現代農業からの抜粋です。ブータン滞在中に出会った文章です。

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「国のかたち」から「暮らしのかたち」へ 

教科書『グリーンライフ』はこんな書き出しではじまる。  

「私たちはいま、どこからどこへ向かおうとしているのだろうか。近年、世界的に、都市のなかで物を大量消費する暮らしから、大地に根ざした持続可能な暮らしへ転換したい、ゆっくりと流れる時間を大切にしていのちゆたかに暮らしたい、といったライフスタイルへの転換が顕著にみられるようになっている。

(中略)その傾向は年々顕著になっている。ガーデニングなど緑ある余暇活動への関心が高まり、『多自然居住』や『定年帰農』など、さまざまな田園回帰の潮流も生まれてきた。都会から農村に移り住み、農業を基盤とした新たなビジネスに取り組む人びとも登場した。

こうした取組みやライフスタイルは、『グリーンライフ』と総称することができる。その言葉には、緑豊かでいのちのにぎわいに満ち、持続的な生活文化や産業のある農村で、たった一度の人生を充実させたいという国民の願いが込められている」  

この教科書の執筆者のひとり、熊本大学法学部教授の佐藤誠さんは、「これまでの近代化、工業化の時代は先進国に伍すための中央集権による経済中心政策で『国のかたち』を整える時代でしたが、グリーンライフを求める現代の国民の願いの背景には成熟社会の到来があり、人間の名に値する新しいライフスタイル、つまり『暮らしのかたち』の創造が求められています」「成熟社会では、人は金額で表示される商品価値として自分を売りわたすのではなく、美しく健康で生きたいという自らの意志や内的価値観で新しい生き方を選択したいと望みます」と、語る。  

つまり、経済という単一のモノサシで「国のかたち」を整えてきた時代から、「自らの意志や内的価値観」というもうひとつのモノサシで「暮らしのかたち」を創造する時代への転換、それも「大地に根ざした持続可能な暮らし」への転換が求められているというのである。  

「もうひとつのモノサシ」は単一ではない。

地域の暮らしには、いくつものモノサシがある。その一例として、教科書『グリーンライフ』は「自然暦(民間暦)」をあげている。  「自然暦とは、文字で書かれた暦が普及する以前から、自然界の変化を利用して、季節の変化を知るための方法として用いられてきたもので、日本列島の各地に数多く伝えられている。

この自然暦は、多くの場合、二つの生物の発芽や産卵、開花、成熟などの時間的な関係性(同調性)を利用してつくられている」  

たとえば紀伊半島に伝わる「チグサの花が飛びかかれば山桃ひかる」。これは、風媒花であるチグサ(チガヤ)が開花・結実して種子が飛散するころ、山桃(ヤマモモ)の果実が成熟することをさしている。

また、岩手県の三陸地方では、新緑の季節、「かじの木(ヌルデ)の葉がちょうどよくなったら、しょうゆを仕込む」という。しょうゆ麹をつくるとき、上にヌルデの葉をかぶせるのだが、葉が小さすぎるとたくさん取ってこなければいけないし、大きくなり過ぎると、虫こぶやアリがついている。そして何より、ヌルデの葉がちょうどよいときが、温度も湿度も麹が花を咲かせるのに適期なのだという。

「自然暦」は、その土地、その暮らしにしか通用しないモノサシなのだ。  

『グリーンライフ』は述べる。  「人間の食べものは、動植物であれ微生物であれ、循環的なシステムをもつ生物である以上、それを利用するための技術は持続的な環境利用と見合ったものでなければならない。

長い歴史のなかで、循環システムをみいだしてきた知恵には、持続的な地域の資源利用を考えていくうえで多くの学ぶべきことがある」  「生物的世界と生活レベルでつき合う農耕や牧畜などの世界が、自然を感得する感性を大切にしていることは当然であろう。

しかもその世界は、自然の実践的で循環的な利用を基本にしている。したがって、物見遊山で一時的・断片的な自然を楽しむ『切り取られた自然』の鑑賞や、生活世界と切り離されたところで進められる文化遺産の保全とは異なったものである」(国立歴史民俗博物館・篠原徹さん)  

新科目「グリーンライフ」は、そうした「国民の願い」としての「大地に根ざした持続可能な暮らしのかたち」「ゆっくりと流れる時間を大切にした、いのちゆたかな暮らしのかたち」を、それぞれの地域のいくつものモノサシにしたがって創造することを支援する科目なのだ。

「暮らしのかたち」がもたらす「いのちのにぎわい」 「グリーンライフ」がめざす「いのちのにぎわい」は、都市や企業の近代化、経済合理のモノサシでは実現できない。たとえば島根県津和野町の、農事組合法人おくがの村代表理事・糸賀盛人さんは、本誌昨年3月号でこう述べていた。

 「国はいま、認定農業者あるいは農業生産法人へ農地を集積することを勧める。だが、わが集落に国の方針を当てはめて20haの経営体を作るとすると、わずか1.5の経営体しか必要ないことになってしまう」「しかし小生は、仮にその該当者となっても、そのまま集落で暮らしていける自信がない。

集落の社会的機能を維持するためには、農家数を減らすわけにはいかないのだ」  では、どうするのか。「少しの収入でゆっくり生活のスローライフ農業しかあるまい。自給自足、物々交換を旨とする。そして、いくらかのお客さんに、ここで穫れた産品を食べていただく。

こうして、現金収入が少なくてもできる生活スタイルを作るしかあるまい」と糸賀さんは述べている。国のモノサシではなく、自分たちのモノサシによる「暮らしのかたち」をつくることによって、農家の数は減らさない――現に、おくがの村には定住者が3組増えた。  

さらに大分県姫島村は、この1月21日、他の4町と構成していた合併協議会を「円満離脱」した。その理由がふるっている。役場の職員給与は全国で1、2を争う低水準。姫島村は40年前から職員の給与を押さえ、そのかわりできるだけ多くの若者を採用し、島外への流出を防いできた。

村の人口は2800人で、役場の職員は臨時・嘱託を含めて206人。村民の12人に1人が役場職員として働いていることになる。国家公務員の給与水準を100として地方公務員の給与水準を示すラスパイレス指数では、現在、同村は全国で2番目に低い73.5。合併候補だった4町の指数は101.1を最高に95.1まで、22ポイントから27ポイントの差があった。

まだ日本で「ワークシェアリング」(時短による賃金と仕事の分かち合い)という概念が知られていなかったころからの実質的ワークシェアリングである。だが、合併で他の四町の給与水準に合わせれば職員削減が避けられない。村長は村の各地区で集会を開き「ワークシェアリングを維持できなければ合併しない」と説明、村の人びとの大多数が拍手で賛同した。

 役場の職員もこう言って胸を張る。  「ラスパイレス指数はたしかに73.5だが、そもそもなぜ国家公務員の給与を基準に比較しなければならないのか。『姫島基準』だと100だ。島の地場企業の社員の給与は役場の給与を基準にしているから、地場企業で働く人の給与と役場の職員給与は同じ水準。島外の基準に合わせて役場の給料を上げたら、地場の企業はやっていけなくなる」(総務課・江原不可止さん)  

姫島村は、じつは全国屈指の海の掟「漁業期節」をきびしくまもる島でもある。漁師自らが魚の種類や漁法などに応じた40項目の規定と7つの細則を取り決め、漁期や漁場、網の目や操業時間などをまもり抜いて来た。そのきびしい「分かち合い」の結果、漁業収入は他の地域とくらべて安定し、7割が500万円以上、2割が1000万円以上の漁獲高を上げている。

漁協組合員200人のこの島には4つもの造船所があり、それぞれの家族数や漁法に応じたオーダーメイドの船が造られ、漁協は毎月2回の「漁業定休日」を自ら定めてまもり、青年部は中学生を対象にした「水産教室」で10年間に24人の後継者を育てた。  

また毎年秋から春にかけて、役場の職員たちは魚付林でもある山の手入れをする。担当職員6人に加え、他の部署の事務職員も毎日5人ずつ交代でチェンソーを手に作業に出る。それは役場職員の「グリーンライフ」でもあるのだ。


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ブータンからの通信です!機織工房 [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

ブータンの伝統的手工業技能といってもいいでしょう。機織工房を見学しました。この機織、とても細かい作業を一日数時間以上も連続しておこなうのだそうです。確かに、作業の手元を見ているだけで、大雑把な私には、目がくらくら、頭は爆裂しそうになります。

 

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五感で磨く感覚 [清水代表に関連する記事]

五感で磨く感覚
 グリーンランドで犬ぞりに乗ったときの話である。十頭もの大が引っ張るソリは、時速三十キロくらいだったろうか。極地用の防寒具の繊維の隙間からは、肌をさすような寒風が容赦なく入り込む。犬が後ろ足で舞い上げる雪煙が目に入り、伏せた顔も凍り付くようだった。
ソリの御者台には、イヌイット(エスキモー)の四十代の父親と十歳くらいの息子が乗っていた。父親は「ヒューイー ヒューイー」と声を発しながら犬たちヘムチを飛ばす。
父親の横で、息子は頬を真っ赤にしながらもムチを操るしぐさを真似ていた。横目で父親を見る目には、憧憬と尊敬が感じられた。寒風の中、少年は自らの右腕に大人の男としての感覚を覚え込ませているようだった。

 越冬前の十一月のヒマラヤ。家族がひと冬無事に過ごすため、家畜のヤクを一頭犠牲にし、解体する作業を見たことがある。その作業は大人の男たちだけで始まった。
大型の牛くらいのヤクを、数人の屈強な男たちがとり囲む。ジリジリと男たちの輪が狭まると、普段はおとなしいヤクも、後ろ足で大地を蹴り上げ、口角から粘液状の糸を垂らし始める。
足輪をかけられ、ひっくり返され、断末魔の如く四つ足と角を振り回すヤク。と、一人の若者が右手にナイフを握り締め、仰向けで暴れ回るヤクの懐に飛び込み、心臓に刺し込んだ。
体中を傷だらけにしながらも、若者は右手からナイフを難さない。家族以上に時を共有した家畜の最期。泡を噴く口へ、死に水を与える。男の子たちは、その作業が終わるまでを、コチコチになりながら凝視していた。

 過酷な自然条件下での共生は、命をかけた格闘であることを強烈に感じ取っているはずだ。レイチェル・力-ソンは、子供にとって、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要でない、と語る。
教科書などに書かれている文字の知識から、子供が生身の感覚を受け取るのは困難だ。でも自らの五感で感じ取った感覚の記憶はなかなか消えないだろう。
子供たちは、大人より研ぎ澄まされた五感で、大人たちの生きざまを見ながら、生きる感覚を磨いてゆく。であるなら大人は、若者や子供に夢やロマンがないと嘆く前に、大人自身の心の素肌を研磨しなくてはなるまい。


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ブータンからの通信です!信仰の復権 [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

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ブータンの首都ティンプーにある、メモリアルチョルテンと呼ばれる場所です。この場所には、リタイアした熟年層が朝から一日中参詣にきています。そして、若い世代もデートの場所としても、この場所で男女仲良く、経文を唱えながらお百度をしています。

 私たち日本人がすっかりと忘れてしまっている、信仰心。ヒマラヤの国ブータンには、まだまだしっかりとこの信仰心が人々の行動の基軸となっています。

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信仰の復権

 今日の人間たちは、宗教とか信仰という言葉にどんなイメージをもっているだろうか。そこに「あやしげ」なものを感じとる人もいるだろう。確かに、たえず「あやしげ」な宗教が生まれ消えていくのも宗教の一面ではある。今日の多くのものは、金儲けの宗教に堕落してしまっていると嘆く人もいるかもしれない。この問題は真剣に生きようとする宗教者自身が悩んでいることでもある。

 宗教にもっと積極的な意味をみいだしている人もいるだろう。その人たちにもふたつの系統がある。ひとつは現在特定の宗教とかかわりをもっている人たち、もうひとつは宗教とかかわる生活はしていないのに、たとえば仏教や日本の神々の教えには、もっと大事にしなければいけないものがある、と感じている人々である。
 
 面白いのは、現在の若者たちのなかに、この後者の視点をもつ人々がふえていることである。その理由のひとつに今日の環境問題がある。私たちが自然に畏れを感じなくなったことが、環境をここまで悪化させた原因のひとつではないか。その思いが、自然に神をみいだしていた昔の人たちの精神を、貴重なものだと感じさせるのである。

 古代に日本に伝えられた仏教は大乗仏教であった。仏教には大乗、小乗のふたつの系列があるが、小乗仏教が人間個人の救済を目的としているのに対して、大乗仏教は個人が悟りを開くことをとおして、すべての人々を救済することを目的にしている。もっともこの分け方は大乗仏教の側が「小乗」系に対して「おまえらは小乗仏教にすぎない」と言ったことからきているのだから、必ずしも正当な分け方とはいえないのだけれど。この分け方を使えば、今日でも東南アジァの仏教が小乗仏教、中国から日本に至るのが大乗仏教ということになる。
 
 私が関心をもつのは、日本に「大乗仏教」が人ってきたとき、なぜ人々がそれを「まともな宗教」、「信頼するに値する宗教」だと思ったのか、というところにある。自分が救済されていく宗教ではなく、自分の悟り、自分の行ないをとおしてすべての人が救済されると考える宗教に、なぜ人々は同意していったのか。
 
 おそらくこの考え方には、日本の共同体で暮らした人々の考え方と一致するものがあったのであろう。共同体とは人間たちが助け合い、支え合い、ときには「わずらわしさ」をも分かち合いながら暮らす杜会である。この共同体には、いろいろなタイプのすぐれた人が登場することがよくある。たとえば新しい農業技術をつくりだす人。たとえば不作や災害のあった年などに、わが身を顧みずに藩や幕府と交渉する人。たとえば自分の技を磨いて、すぐれた農具などをっくる職人、…。そういう人がでてくることによって、共同体のすべての人が助かるのである。
 
 そして多くの人たちが、自分がそういう人間になることに夢をもった。自分が何かを極める。そのことによって自分だけではなく、共同休のすべての人々が「救済」される。その結果、尊敬される人間になっていく。そこに人間が生きる意味をみいだしたのである。
 こんな風土のなかに「大乗仏教」が伝わってきた。だから人々は大乗仏教の考え方に、信頼できるものを感じたのだと思う。
 ところが日本の共同体がこわれ、都市杜会が肥大化してくると、日本の人々の仏教観も小乗仏教的なものに変わった。たとえば座禅を組み、寺に参り、ときに写経をしたりする人々は、戦後になってもつねにいたりしたけれど、その人たちのなかの多くが求めたものは、自分の悟りであったり、自分の心の安静であったりした。ときには仕事での集中力をつけるために座禅を組んだりする人もいた。
 
 宗教は自分だけのためのものになり、自分の悟りをとおしてすべての人が救済されるという、かつてのかたちを失っていった。杜会のかたちが変わり、人間たちが「自分のため」だけに生きる社会ができていったとき、宗教も「自分のため」の宗教になっていったのである。
 ところが今日の若い人たちの宗教観は、案外「大乗仏教」的である。自然に神をみいだした伝統的な信仰観をとり戻すことによって、環境問題を解決する突破口をみいだそうなどとしている。近代世界のさまざまなゆがみが目の前に現れてきたとき、この社会を変えるために自分は何ができるのかという思いが、日本の伝統的な信仰観をも回復させはじめたのである。


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世界最大の幸福量数値の国・ブータン7 [ヘルスツーリズム実践を映像で紹介]

本日ブータンへ渡航していたクラブのメンバーと清水代表が帰国の途につかれています。(事務局)


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ブータンからの通信です!一番美しい宮殿 [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

本日無事にパロに到着しました。新しいホテルなので、ワイヤレスでのインターネット環境が整っております。本日は、ティンプーを出発し、冬の宮殿・プナカゾンを訪問しました。この宮殿は、ブータンで一番美しい宮殿とも呼ばれています。

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笑顔の量=幸福の量(?!) [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

下記はとある研究所のコラムからの抜粋です。

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笑顔の量=幸福の量(?!)

 少し前に「ヒマラヤに輝く笑顔遺産」というタイトルでブータンを紹介した番組が日本で話題を呼びました。内容を私自身詳しく見てはいないのですが「貧しいけれどみな笑顔で心豊かな国」といった人々の生活を紹介した番組だったと聞いています。今の日本の特に都市部における無表情が多い社会の人々には特に新鮮に感じられたのではないかと思います。

自分の住むストレスに囲まれたしかめ面の社会よりはストレスが少なく「笑顔」の多い映像はなんとも眩く幸せに見えたことでしょう。たしかに都会の子供から消えてしまった屈託のない笑顔などは見ているだけでも何とも微笑ましいものです。しかしそこには単純に


「笑顔の量=幸福の量」


という数式しか存在していないように感じられます。最近社会全体の傾向として「笑顔・楽しい・ハッピー」といったドライな軽い感じがもてはやされており、逆に「悲壮感・考え込む」といった行為や、そういった感じの人がいると「なんか、アブナイ感じ」といってあまり歓迎されない風潮があるように思えます。

もちろん私自身「笑顔・楽しい・ハッピー」で毎日を過ごせればこれに超した事はないと思いますしその様な人を見ると大変羨ましく思います。しかしそれでよいのかな?「幸福である」という基準において先に述べた数式が正しいのかどうか時々考えこみます。

 もう6年程前の事ですがイギリスのテート美術館に立ち寄った時の事。そこで思いがけない経験をしました。シェークスピアの代表作『ハムレット』で悲劇の女性を演じるオフェーリアを題材にした絵をご存じでしょうか。

その哀しみに打ちひしがれた表情で水に漂う美しい女性の表情に引き込まれ、人工物である絵を相手に離れたり近づいたりと結局閉館の時間までその場を離れる事が出来ませんでした。絵に限らず皆さんにもこの様な経験が一度はあるでしょう。

私たちの感情の中には笑顔をみて微笑ましく感じるのとは別に人の哀しみや苦しい表情の中にも「美しい」と強く感じる部分もあるようです。仏教の世界には「一切皆苦」という人生の本質を表現した言葉があります。

日本から見れば幸せに見えるヒマラヤの小国でも日本にはない我々の創造を越えた過酷な生活やその中で生き抜いていく苦労があります。その中で見られる「笑顔」は苦渋の人生の中でみられる一瞬の輝きとでも言えるのではないでしょうか。


 古中国哲学の五行論の中では感情も5つ(怒・喜・思・憂・恐)に分類されそのバランスを常に訴えています。笑顔を連想させる「喜」については「喜びが過ぎると心を破る」と忠告もしています。「喜」以外のものをみてみると何かネガティブな感情の印象を受けます。実際の生活の中でも「喜」以外の感情をさらけ出す事に何か恥ずかしい感覚がありますよね。それを見せないのが自立した大人であるという感覚があります。

 ブータンに話を戻すと、ブータンでは今でも日本で昔見られていたような家族・親戚を中心とした社会生活が営まれています。その中では普通に怒ったり泣いたりと他人の目を気にしない非常にストレートな感情表現が行われています。

それに比べると個人主義の進んだ今の日本では他人に苦しみや悩みを悟られ「暗い人間」と思われてはいけない!という強い強迫観念の中で社会が営まれているように思えてなりません。先に述べた「一切皆苦」を肯定するのであれば我々の生活にはいつでも楽しい事ばかりが続く事はありません。

その時々で怒ったり、泣いたり、考え込んだりといった感情から生じる行為はごく人間として自然な正しい心の働きに沿った感情表現だと思います。その表現をいつでも誰かにストレートに表現できたとしたらとても「幸せ」な社会環境だとは思いませんか。

それが出来ず感情を抑えこみ「笑顔」を周囲に振りまき、そのために溜まりに溜まったところで多くの人達がノイローゼになったり暴力に走ったりしている例が多く見られているのが今の私たちの社会のように思えます。

「笑顔」を作ることは現在地上に生きる生物の中で人間にのみ与えられている特権です。最高の笑顔を作り笑顔の多い社会を作り出すために今一度、私と一緒に「しかめ面で」社会についてよく考えてみませんか。

文責 高田忠典


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紅葉の三滝寺その7 [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

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三滝寺の境内にある茶室・・?

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撮影は11月18日です。三滝寺のもみじ祭りの初日です。

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ブータンから熊野古道へ。そしてマチュピチュへ! [清水代表に関連する記事]

明日、ブータンからの帰途につく予定です。ブータンという国には総計7~8回訪問しているのですが、いつも訪問の度ごとに、日本の昔に想いを馳せています。

明治時代の農村で暮らす人たちの日々の営みはどうだったのだろうか?

江戸時代に形成された農山村の風景が、私たち日本人の心の原風景なのだろうか?

信仰心の厚かった時代の人々の「安寧」とは? などなど・・・。

ブータンから帰国し、12月初旬に、熊野古道を歩きます。この道も「信仰」の気持ちが蓄積された空間でもあります。ブータンから帰国後すぐに、熊野古道を歩くのも、何かのご縁でしょう。熊野古道を歩きながら、再びヒマラヤの国での記憶が蘇ってくることでしょう。

そして年が明けると、謎の空中都市・マチュピチュへの旅が待っています。マチュピチュへの渡航も数回目になります。ブータン、熊野古道、マチュピチュと3月の間に旅ができる幸運に感謝しつつ、なにかのご縁の深さにも感謝しています。


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ブータンからの通信です!民族衣装を着る [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]

ブータンの民族衣装は、日本人にとっても、とっても親しみやすいものです。男性のそれはゴー、女性はキラと呼ばれます。なには、ともあれ、我々も試着をしてみました。

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イケメンのブータン人とツーショト! ではありません。右の若い男性も、実は今回の同行者なのです。左の女性がおばさんで、男性はその甥ごさん。まだ大学生です。昨夜のブータン料理レストランへ、この格好で出かけたのですが、女性従業員の愁眉を一身に集めておりました。

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