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森で賢者の声を聞く8

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カルキ先生から、『森との付き合い方、森との接し方、そして、自然と人間の距離感』などについて、散策道途上にてお話がありました。

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健康ツーリズム イン 中国山地 募集コース案内

健康ツーリズム イン 中国山地 というイベント10月23日(土)と24日(日)に実施されます。このイベントの主催は、クラブ代表の清水先生です。

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参加希望の方は、フリーダイヤルで0120-69-2230 フジトラベルまで


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「心の時代」をへて「霊性の時代」が始まる。

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「心の時代」をへて「霊性の時代」が始まる。

宮迫 千鶴

 「霊」とか「霊性」について考えるようになったのは、私の場合、父が亡くなって以後のことである。

 それまでの私は、中学・高校とカトリックの学校にいったせいで、「聖なるもの」や「聖人」「聖性」といった言葉で、この現実の高次元にある価値を大切にするようにと教わったが、社会に出てからは、とりあえず宗教的な視点を通してではなく、あくまでも近代的な社会性という観点からこの現実について考えるようにしてきた。それゆえとりたてて唯物的に科学的に思考していたわけではないけれど、「目に見えない」ものについては言及しないようにしていたので、「心」と「体」については考えていたつもりだが、「霊」については考えてみることもなかった。

 そんな私が父が亡くなったときはじめて、「死」について考えるようになった。しかし、いざ死に向き合ってみると、それまでの私が持っていた知識や認識あるいは世界観ではどうにもならないことがわかって、それまで読んだこともないような本を手にとったり、未知だった分野に入り込むことになった。そこで出会ったのが「霊」や「霊性」である。だが、この「霊」や「霊性」を把握するのはなかなかむつかしいものがあった。私が霊能力者であればすっきりとわかるのであろうが、残念ながら私は凡人であるからさまざまな懐疑や疑惑の念を抱きながら薮のなかを進むしかなかった。その凡人的理解をのべるとつぎのようになる。

 手当たり次第読んだ、宗教家、霊能力者、チャネラー、ヒーラーなどの本に共通していることがある。それは人間は死後、「霊」的存在になるということだ。そしてその「霊」はさまざまな死後の世界を「生きていく」。最初はこのことをどう受け容れていいのか困惑したが、近ごろはむしろ、そうだったのかと安堵の気持ちすらわいてくるようになった。

 ではこの「霊」はいつどこで生まれるのかというと、私たちの死後、突然発生するのではない。実は、この世に生きている私たちの存在のなかにすでに在るものなのである。つまり私たちはこの世に誕生したときに、「心」と「体」と「霊」から成り立った「いのち」を授かっているのである。

 別の言い方をすれば、私たちの中に最初から「霊」がある。それは「体」や「心」のように目に見えるものではないけれど、その人の存在を高貴に輝かせていたり、あるいは卑しく濁らせていたりというかたちで発現する力になっている。「霊性」というのは、その「霊」の質や状態をいうのである。

 ——ということにたどりついたとき、私は敬愛する精神科医の加藤清先生から、つぎのような話を聞いた。

 ある患者さんが、自分の主治医について「あの先生は霊性が低いので、僕を治せません」といった。「それでは僕はどうなんですか」と加藤先生が尋ねたら、「先生はわたしより少しだけ高いです」と答えたという。私にとって、このエピソードは「霊性」ということを考えるときの大きな導きになっている。

 というのが、私が理解した「霊」や「霊性」である。

 つまり私の場合、「死」や「死後」から「霊」や「霊性」を認識するようになったわけだが、現代社会においてこの「霊」や「霊性」が理解されない最大の原因は、現代人が「輪廻転生」という問題、すなわち「前世」や「来世」という「いのちの循環」を無視した生命観しか抱かなくなったことにあるのではないかと思っている。


『「いのち」からの贈り物〜"運命の環"が導く、スピリチュアルな生き方』

宮迫千鶴著

 あるいはこういう言い方もできるかもしれない。この社会をカジュアルに生きているときには、健康な「心」と「体」があれば充分なのであるが、「生の根源」を見つめたり、「死の凝視」が必要になったりしたときには、「心」と「体」だけでは納得のいく答えが得られない。そのときに「霊」や「霊性」に目覚めざるを得ないのである。これまでの文明では、「霊」や「霊性」に関することは宗教や神秘学が教えてきた。しかしWHO(世界保健機関)の新しい「健康の条件」が象徴的なように、健康というきわめて日常的で"この世的"なことのなかで、「霊」や「霊性」が見つめ直されようとしている。

 20世紀の後半は〈心の時代〉が叫ばれたが、これからは〈霊性の時代〉がやってくるのである。それは生と死を"ともに受容する"新鮮でクリアーな意識の始まりのような気がする。

'CAMUNet correspondence' vol.3(Aug,2000)より

みやさこ・ちづる

1947年広島生まれ。広島県立女子大学文学部卒業。画家、評論家、エッセイスト。画文集「緑の午後」で、世界でもっとも美しい本展(ライプチヒ)銀賞受賞。著書に「美しい庭のように老いる」など著書に「緑の午後」「草と風の癒し」「海と森の言葉」「かぼちゃの生活」など。伊豆高原で、「生きもの」としての自然をまっとうに守る暮らしに目覚める。


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森で賢者の声を聞く7

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早朝の木漏れ日の中を歩くこと、そのものが、こころの浄化作用でもあります。

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車椅子での参加者もおられました。


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森で賢者の声を聞く6

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もみの木の下での、呼吸法(アーユルベーダーに則った方法にて)

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森で賢者の声を聞く5

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ストレッチが終了ののち、森の散策歩きを始めたのです。

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森で賢者の声を聞く4

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まだまだ賢者とともに、アーユルベーダ理論に基づくストレッチが早朝の空気の中でおこなわれています。

 


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森で賢者の声を聞く3

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夜の講義の後、深い就寝を迎えたのです。そして翌日の早朝(6時30分)から、アーユルベーダの基本に基づいたストレッチ運動をします。その後、ネイチュアーウォーキングに出かけたのです。

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朝陽が斜めに差し込んで、普段見れない光景の中でのストレッチでした。


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健康における『霊性』とは・・・?

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WHO(世界保健機関)が、かの有名な「健康とは身体的・精神的・社会的に満足すべき状態をいい、たんに病気や障害のないことではない」という〈健康の定義〉の書き換えを迫られている。この定義自体、もっぱら「身体的」(フィジカル、つまり物質的)な健康のみに関心を向けがちな現代医学の限界を指摘し、ホリスティックな健康観に向かおうとする積極的な姿勢から生まれたものだったが、21世紀を目前にひかえてWHO理事会の一部勢力は、これでも健康のあるべき姿を表現することはできないとして、つぎのように提案したのである。

 

「健康とは身体的・精神的・社会的・霊的に満足すべき力動的な状態をいい、たんに病気や障害のないことではない」

 「力動的」は、健康が静的・固定的なものではなく、身体性・精神性・社会性・霊性相互のダイナミックな平衡運動のなかにあるものだという意味であり、生命の本質を考えれば理解しやすいが、では、「霊的」(スピリチュアル)とはなんなのか、これをどう理解すればいいのかが、いま各方面で問題になっている。日本においても、厚生省や日本赤十字社などの保健機関、学会、マスコミによって、「スピリチュアル」をどう訳すべきかの検討が、「霊的」という日本語の妥当性の検討をも含め、いささかの困惑とともにはじまっているらしい。

 ちなみに、翻訳家の立場からいえば、この場合の「スピリチュアル」はストレートに「霊的」と訳すのが適当であり、「スピリチュアリティ」の訳語は「霊性」が妥当であると思われる。それらの訳語を当てることにたいする抵抗感は、つね日頃、霊性について考える機会が少なく、そのことばに馴染みが薄いことから生じる、いわば“喰わず嫌い”的な抵抗感であり、多少なりとも知性や感情や意思の限界を自覚した経験をもつ人なら、「フィジカル」を「身体的」、「メンタル」を「精神的」、「ソーシャル」を「社会的」と訳すのとおなじように、「スピリチュアル」を「霊的」と訳して違和感がないはずである。

 その一方で、健康の定義に「スピリチュアル」ということばを添えようとする態度にたいして、「ユダヤ・キリスト教の独善」と批判する向きもあるようだが、それは反ユダヤ・キリスト教イデオロギーの感情的な批判でしかない。特定の宗教への信仰帰依は霊性への目覚めが契機になることはたしかだが、霊性は宗教そのものではないからだ。霊的な目覚めはかならずしも宗教に向かうとはかぎらず、無宗教だが高い霊性をもち、没我的・利他的な人生を送る個人は世にいくらでも存在する。ユダヤ・キリスト教にはユダヤ・キリスト教の霊性が、イスラム教にはイスラム教の霊性が、仏教には仏教の霊性が、そして無宗教には無宗教の霊性が歴然と存在している。

では、霊性とはなにか?

 知性は分別であり、感情や意思にはその対象があって、ともに二元的な心的作用だが、霊性は分別をこえ、主客の区分をこえ、個をこえた自覚そのもののことである。自覚とは自己が真の自己を覚ることだとすれば、生態系のつながりをふくむ存在の大いなる連鎖のなかの自己への目覚めが霊的な目覚めのはじまりであり、存在の根底にあって、知・情・意という心的作用の二元性をひとつに束ねる統一原理が霊性であるという了解が生まれてくる。存在や死にまつわる根源的な不安や苦痛にたいして、知・情・意は無力である。根源的な不安や苦痛を癒すものがあるとすれば、それは存在の大いなる連鎖のなかの自己という、霊的な自覚をおいてほかにありえない。

 そのような認識に立ったとき、健康の定義に「霊的」と「力動的」というふたつのことばが添えられるのはけっして奇異なことではなく、むしろ、よりホリスティックな、成熟した健康観にもとづくものであると受けとることができる。


日本的霊性

鈴木大拙著
岩波書店

 74歳のときに書いた『日本的霊性』で、鈴木大拙は「我らの生活そのものを何か意味づけて考えてみようとすると、どうも霊性というようなものを想定すると話がわかるのである。決してそんなものを固定化してはならぬ」といいながら、「霊性の奥の院は、実に大地の座に在る」と、つぎのような比喩で説明している。

 「生命はみな天をさしている。が、根はどうしても大地におろされねばならぬ。大地に係わりのない生命は、本当の意味で生きていない。天は畏れるべきだが、大地は親しむべく、愛すべきである。大地はいくら踏んでも叩いても怒らぬ。生まれるのも大地からだ。死ねば固よりそこに帰る。天はどうしても仰がねばならぬ。自分を引き取ってはくれぬ。天は遠い、地は近い。大地はどうしても母である、愛の大地である。これほど具体的なものはない」

‘CAMUNet correspondence' vol.1(Mar, 2000)より

うえの・けいいち Keiichi Ueno

翻訳家・鍼灸師。CAMUNet副代表。日本ホリスティック医学協会副会長。主な著書:『ナチュラルハイ』(ちくま文庫)、『ヒーリングボディー』(サンマーク文庫)、『聖なる自然治癒力』(浩気社)、『いまなぜ「代替医療」なのか』(CAMUNetとの共著。徳間書店)、『代替医療』(角川プラスワン新書)など多数。主な訳書:『人はなぜ治るのか』『太陽と月の結婚』『ワイル博士のナテュラルメディスン』など、アンドルー・ワイル博士の著書を中心に多数。


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森で賢者の声を聞く2

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カルキ先生は、アーユルベーダの考えに基ずいたヒマラヤ紅茶の入れ方を教授してくれました。やっぱり、本場の先生からの紅茶談義、講義、そして実践のお話は、深みがありました。

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森で賢者の声を聞く1

今日は、クラブ主催の『森の賢者の声を聞く』シリーズ第一弾を実施しました。講師には、ヒマラヤン・ユキのカルキ・パラメソールさんでした。森の中で、南アジア伝統医療である、アーユルベーダの講義と実践編(呼吸法や瞑想法、ネイチュアーウォークなど)のプログラムを実施いたしました。

9名の方のご参加をいただき、また、スペシャルゲストとして、ヒマラヤの山岳案内人のマハビールさんも参加してくれました。その様子を何回かに分けてレポートしましょう!(事務局)

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まずは、夜の懇親会の様子です。立っているのは、マハビールさんです。この夜は、まさに、ヒマラヤンナイトとなったのでした。

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カルキ先生からの、2時間にわたる、アーユルベーダーの入門編のお話・・・。

 


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断魚渓その7

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この写真が、断魚渓のダイナミズムをよく表現しています。実は、この写真、なにかに使用する予定で撮影しました。その使用目的とは・・・?


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断魚渓その6

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ちょっと変わった地形ですね。このような地形は、中国地方ではここくらいかも・・・?

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場所は、島根県の邑南町にあります。


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断魚渓その5

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あまりにも暑かったので、ちょっと足元を冷たい水で・・。

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断魚渓その4

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明るい渓谷である断魚渓の象徴的場所・千畳敷 

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断魚渓その3

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いよいよ核心部、千畳敷へのアプローチ道。

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この日は、水量が少ない日でしたが、それでも、流れる水がしぶきをあげています。


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断魚渓その2

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ここが、断魚渓の公園ルート入り口です。

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黄色のハスの花は珍しい・・。

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ホリスティック・マガジン

私が所属する、日本ホリスティック医学協会の刊行する、最新号の雑誌です。この中に、今夏7月におこなった、健康フォーラム(広島事務局主催・帯津良一先生講演)のレポートが記載されています。

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砥石郷山レポート最終回

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森を下ってゆくと・・・、バーべキューが待っていました!!

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なんと、この作業は、かき氷の制作です・・。

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剣山(最終回)

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穏やかな終日を迎える、吉野川。

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断魚渓その1

昨日、てくてくウォークの会の行事で、島根県の二つの渓谷に涼を求めて出かけてきました。

まずは、断魚渓からのレポートをお送りしましょう!

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邑南町の道の駅で見た、夏の一こま・・。

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断魚渓は、断崖絶壁の下にありますので、しっかりと車道から標高を下げるのです・・。


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砥石郷山レポート8

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ちょっと素敵な森でのひとコマ・・。

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剣山13(遠き山に陽は落ちて)

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この里山登山学校のテーマ曲が、「遠き山に陽は落ちて」なのです。なんと、そのイメージにぴったりの夕暮れ時を迎えたのです。

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砥石郷山レポート7

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ちょっと素敵な下り道パート2です。

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剣山12(メンテナンス術講座)

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下り道での、足のメンテナンス術伝授講座

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砥石郷山レポート6

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砥石郷山の頂上です。地元の尽力で、頂上からの眺望を望めるように伐採されています。

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下り道ですが、このようなちょっと素敵な道を歩くのです。

 


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砥石郷山レポート5

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ようやく、砥石郷山への尾根筋の最後部分に到達してきました。

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ここは、頂上手前にあるミニ湿原(通称・魔の池)です。

 


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剣山11(渋い下り道)

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下り道もなかなか渋いのです。

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