「まちづくり」の、キモとは・・。 [ちょっと気になる素敵な文章]
作新学院大学総合政策学部教授 橋立 達夫
北海道から沖縄まで、全国のまちづくりに関わる仕事をさせていただいて44年になる。当初はまだ「まちづくり」という言葉さえなかった時代だったが、すでに昭和30年代初頭から近代のまちづくりの原点とも言うべき岩手県沢内村での村民の命を守る取組みが始まっている。
その後、
福島県三島町の「ふるさと運動」、
愛知県足助町の「三州足助屋敷」と「百年草」、「工芸運動」、
町田市の「23万人の個展」、
大分県湯布院町の「クアオルト構想」、
北海道池田町の「十勝ワイン」、
大分県大山町の「NPC運動」、
遠野市の「トオノピア」、
長野県浪合村の「トンキラ光農園」、
栃木県茂木町の「茂木シャインズ」と「美土里館」、
長浜市の「黒壁」、
長野県栄村の「田直し事業」と「下駄ばきヘルパー」、
高知県馬路村の「ゆず加工」、
熊本県小国町の「悠木の里」と「コミュニティ・プランニング」、
横浜市の「都市デザイン」、
愛媛県内子町の「街並保存」、「村並保存」と「からり」、
宮崎県綾町の「照葉樹林文化」、
水俣市の「環境モデル都市」、
掛川市の「生涯学習都市」、
米子市の「田園プロジェクト」、
北海道ニセコ町の「まちづくり基本条例」、
徳島県上勝町の「いろどり」、
人吉市の「ひまわり亭」、
福島県矢祭町の「合併しない町宣言」、
最近では鹿児島県串良町の「やねだん」、
村上市の「町屋のお雛さま巡り」、
岩手県東和町の「新長屋こっぽら」など、全国のキラ星のようなまちづくりの事例に行き会ってきた(注)。
これらのまちづくりの素晴らしいところは、それぞれの活動の軸になる精神がしっかりとして揺らがないこと、そしてその結果、現在も連綿と受け継がれているところである。山梨の宝石商の新人研修では、ヨーロッパに連れて行き徹底的に最高級の宝石だけを見歩くのだという話を伺ったことがある。これらのまちづくりの輝く宝石を、できれば現地で体感することで、心の眼を磨くことができる。またそれを語り継いでいくことが私の世代の務めであると思う。
(注)すでに合併により町村名がなくなったところもあるが、敢えて合併前の町村名で記述した。
四国の山中で出逢った、「仙人」その3 [人物往来]

四国山中で、20数年にわたり一人で生活している、90歳の「仙人」。
冬場の暖をとる薪も自分で用意しています。

囲炉裏のある、この住居もたった一人で4年かけて自作したものです。
この仙人の暮らしぶりを見ていますと、人間というのは、もともと身の回りのものは、
ほとんど自作してきたのだな、と改めて実感できるのです。
たしかに、小さな共同体での支え合いなどは昔からあったでしょうが、
身の回りのことは、単独もしくは、最小家族単位で解決できる環境下で、
ほんの数十年前まで世界中の人たちの多くは、暮らしてきたのでしょうね。
「百姓」とは、百の仕事をする人のことをいう・・・。 とある哲学者の言葉です。
山の魅力とは・・。 [ちょっと気になる素敵な文章]
山を歩いていると、心の棘がぽろりと落ちた、と感じる瞬間がある。その瞬間、日々の生活の中で積もっていた圧迫感や苛立ちから解放され、心が息を吹き返す。そう、私にとっ山は「禊」の場でもあるのだ。「五体と五感をフルに使って楽しめる」というのも山の大きな魅力のひとつだろう。
一歩進むごとに周囲の状況が変わる。アスファルトの上を歩くのとは違って、石をよけ、木の根をよけ、せせらぎを渡り、安定した岩を選んでそこに足を置き、時には手も使い、刻々と変化する状況を瞬時に見極めて適切な判断を下さなければならない。(中略)
また、山は私にいろいろなことを語りかけてくれる。山から眼下に人の営む世界を見渡すと、日頃あくせくしている街や人というものが、なんてちっぽけなんだろうと思う。「渦中にあっては出口が見えないことでも、鳥瞰すればどうってことないんだよ」、そういわれているような気がしてくる。「肩の力を抜いて、大きな視野で物事をとらえてごらん」と。
さらに、遠望しているときには、ただ、「山」としか映らなかったものが、実際歩いてみることによって、岩稜、沢、滝、木々、草花、鳥、動物と、実に様々な表情に出会えるように、「何事も、自ら飛び込んでいかなければ、本当の姿は見えないんだよ」と教えられているようでもある。
山の魅力は、とうてい語り尽くせそうにない。流す汗とともに、心に溜まった垢を浄化してもらいに、私はまた山へもどってゆくのだろう。(葛城奈海・女優)
フランス・アルプス
世界の道を歩く・・。 [清水代表に関連する記事]
清水正弘著 ・ 「旅の達人、地球を歩く」(南々社発刊)より抜粋

世界の道に関して、映像でもご案内しています。ぜひ、下記の赤字の部分をクリックして見てください。素晴らしい、世界の道をご覧いただけます。(事務局)
島根県・吉賀の棚田風景 [日本の季節感を感じる風景]

日本棚田百選に選ばれている、島根県吉賀の棚田風景です。田植え前後の季節です。


四国山中の「仙人」その2 [人物往来]

四国の山中にて出逢った「仙人」の方の住居です。
たまたま偶然、四国の山深い山中を視察していたところ、草むしりをしていた老人と出逢いました。
道を尋ねるべく車を降り、話しかけたのです・・。
その土地に流れていた清流の名前が「木地川」となっていたことと、小さな立て看板に、
「薬草園」との文字が見えたこともあり、老人にその土地のことを尋ね始めたのです。
老人の言葉の端々から、すでに齢90になっており、ここ20数年間は、独りでこの山奥で暮らしている、
さらには、戦争中は中国は海南島で暮らしていた、などなどの興味あるフレーズが飛び出してきたのです。
なにより、90歳にもなるのに、耳は遠くなく、体の動きは緩慢でなく、そして昔の記憶を非常に鮮明に
覚えていることに驚愕いたしました。
それとなく、土地の昔噺を聞いているうちに、老人自身の人生物語に興味がわいてきました。
それを察知したのか、老人から「自宅でお茶でもどうぞ・・」との声掛けがあり、遠慮なく、その言葉に
甘えさせてもらったのです。老人の後について、自宅(4年かけて自分一人で建てた!)の入り口に着くと、
下の写真のような「川柳」の数々が目に入ってきたのです。(つづく)
四国の山中で出逢った、「仙人」 [人物往来]
昨日、四国の山中で偶然に出逢った、90歳の「仙人」です。地名は、まさに「木地」です。
大正生まれのこの方には、ほんとうに偶然出会い、ご自宅(25年間山の中での一人暮らし)に招かれ、
90年間の人生(四国の山の中で生まれ、炭焼きや子守などの仕事をし、
海軍下士官での海南島生活、そして帰還後の人生)を
2時間ばかりの間にお聞きしました。久方ぶりに充実した、物語を聞きました。詳しくは後日・・。

流浪する人々(中国山地から) [ちょっと気になる素敵な文章]
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広島県山県郡安芸太田町筒賀地区、「悠久の森」にある炭焼窯跡。
中国(注:中国地方のこと)の山中には、砂鉄が出るということによって、それを精錬する技術を持った人々が入り込み、そこに新しい文化をうえつけた。(中略)
さて、製鉄の技術がすすみ、多くの鉄が生産され、これをきたえて良質の鋼ができるようになると、それによって刃物をつくり、刃物を利用して木器がつくられる。木器をつくる人々を木地屋といった。木地に適する木のある所を見つけて、転々として山の中を移動してゆく。
木地に適する木は、ヒノキ、サワラ、ツガ、ブナ、トチなどであった。そういう木は中国地方では山脈の脊梁筋に多かった。そこで、そういう所に住居を定めて、木を切りつくすと、またよい場所を見つけて移ってゆく。
こうした木地屋仲間はいまでは大てい定住しているが、広島県山県郡や、岡山県と兵庫県の境あたりにはことのほか多かったのである。砂鉄をほったり、炭をやいたりする人たちも、やはり山を渡り歩く。この行動半径は、はじめのうちはあまり大きかったとは思えないが、ずっと後になると次第に大きくなってくる。規模が大きくなると原料も多くいり、そのために、つぎつぎに条件のよい山を探し求めてゆくようになる。(宮本常一著・中国風土記より抜粋)
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炭焼き窯跡が残る、広島県山県郡安芸太田町の悠久の森には、樹齢数百年程度の、ツガやモミ、トチなどの巨樹の姿を見ることが出来ます。木地に適する原料としての木材が、この森には多くあったのでしょう。
自然に親しむ里地・里山歩き 机上講座+説明会 [清水代表(講演会や諸事ご報告)]
昨日の土曜日、広島市内にて、自然に親しむ里地里山歩き・机上講習会+説明会が実施されました。参加者は30数名。
この机上講座は、2009年秋から2011年秋までの2年間で実施した、50の里地里山企画プログラムのリバイバル実施の開始を発表する行事でした。本年の6月より、毎月2回の頻度にて2年間で、再び同じコースのプログラムを実施する予定です。
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今回も、協賛してくれている、総合アウトドアスポーツ店のパワーズさんから細谷さんの協力を得ました。(写真下部)
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鮮明な喜びと、ぼんやりとした曖昧さ [ちょっと気になる素敵な文章]
人間は文明を作ることで自然の厳しさから逃れ、安楽に暮らすようになった。それはそれで結構なことだが、そのために生きるということは鮮明な喜びではなくどこかぼんやりとした曖昧なものになった。
早い話が、ぼくたちは雪原を歩いてゆくオオカミの姿を遠くから見ることがなくなった。地平線にかすかに見えている飢えの恐怖によって日々の暮らしを引き締めることがなくなった。生きることの手応えを失った。目前の風景の向こうに霊的な風景を見ることがなくなり、それを補うために怪しい宗教をたくさん発明した。
つまり代替物ばかりの、無理に無理を重ねた生活をしている。すべて自然に任せていれば安心だったのに、小ざかしい知恵でそこから出てしまった。そして、そんなはずではなかったと思っているが、どこでどう間違えたのかどうしてもわからない。(池澤夏樹・ 星野道夫著「旅する木」のあとがき より抜粋)

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非暴力・( エム・ケー・ガンヂー)から [ちょっと気になる素敵な文章]
非暴力
エム・ケー・ガンヂー
福永渙訳
人が非暴力であると主張する時、彼は自分を傷けた人に對して腹を立てない筈だ。彼はその人が危害を受けることを望まない。
非暴力は完全なる状態だ。それは全人類が自然に無意識に動いて行く目標である。人は無辜の人間となることが出來ても、神にはなれない。
目標はいつでも吾々から逃げて行く。進歩が大きければ大きいほど、吾々の無價値の認識も深くなる。滿足は目的の達成にあるのではなく、努力の中にあるのだ。十分なる努力は十分なる勝利だ。
快晴時の雲月山では、こんな風景が展開! [ヘルスツーリズム実践を映像で紹介]
山焼きの里山・・・、北広島町にある雲月山(うづつきやま)の快晴時の様子です。
人生はハプニング! [清水代表に関連する記事]
清水正弘著 ・ 「旅の達人、地球を歩く」(南々社発刊)より抜粋


このエッセイを読まれた方へ。ぜひ、下記の動画もあわせてご覧下さい。エッセイに関連する映像が流れてきます。(事務局)
下記のアドレスをクリックしていただくと、自動的に映像が流れます。
ニュージーランドの映像は次のアドレスです。
http://jp.youtube.com/watch?v=AL1u8gO-cyc
ヒマラヤの映像は次のアドレスです。
http://jp.youtube.com/watch?v=czdwlL8JeU8
誇りなき繁栄とは・・。 [ちょっと気になる素敵な文章]
現在の日本の社会に他人の労働を尊重しない風土が定着している。誰もが、自分の労働を他人から尊重されない。そんな時代を私は、「誇りなき繁栄の時代」と呼ぶ。自分の労働を誰も認めてくれないならば、労働に誇りを持つことなど、できようはずもないからである。
そして誇りなき労働のなかからは、たえず頽廃した労働が生まれ、それがまた人々の非難と嘲笑を高める。こんな雰囲気が今日の誇りなき繁栄の時代をつくったのだと思う。自分の仕事に誇りが持てないままに、誰もが、繁栄した社会というムードのなかに呑み込まれてゆく。
問題は、まじめに働く人を尊重しない社会はなぜ生まれたか、である。

安芸太田町・森林館の資料写真より抜粋
半歩下がって説得する力とは・・。 [ちょっと気になる素敵な文章]
今の日本に必要なのは、国民の信頼を勝ち得る説得力ある政治であり、国民より半歩先を歩むリーダーではないでしょうか?
国民の手をしっかりと握って離さず、国民がついてこなければ、半歩さがって説得をし、そしてまた半歩前へ進む、そうしたリーダーです。
所詮、政治は情熱と見識と責任感をもって堅い板に穴をあける、緩慢ではあっても力強い国民との共同作業にほかならないからです。
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上記の文節は、今月発売の文芸春秋誌の中で、東京大学教授の姜尚中(かんさんじゅん)さんが書いている 文章の中からの抜粋です。
さて、上記文節の中の、「国民」を「住民」に、「政治」を「行政」に、「日本」を「地方」に、「リーダー」を「行政マン」という文言に変えると、下記のような文章に変化いたします。
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今の地方に必要なのは、住民の信頼を勝ち得る説得力ある行政であり、住民より半歩先を歩む行政マンではないでしょうか?
住民の手をしっかりと握って離さず、住民がついてこなければ、半歩さがって説得をし、そしてまた半歩前へ進む、そうした行政マンです。
所詮、行政は情熱と見識と責任感をもって堅い板に穴をあける、緩慢ではあっても力強い住民との共同作業にほかならないからです。
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私は特に、下記の部分が痛切に感じ入るのですが・・。ご同輩!
住民の手をしっかりと握って離さず、住民がついてこなければ、半歩さがって説得をし、そしてまた半歩前へ進む、そうした行政マンです。
「ふるさとの顔」づくり [ヘルスツーリズム実践報告・山や旅の報告レポート集]
「ふるさとの顔」づくり
評論家 草柳大蔵
欧州の田舎を歩いてみると、人口1,000人以下の小さな町や村が到るところにある。べつに温泉が出るわけでもないし観光名所や行事を抱えているわけでもない。何の変哲もない町村だが、それではいま日本でハヤリの町村合併をすすめる気運でもあるかといえば、そんなものは薬にしたくても見られない。
町の名前、村の由来、そういうものに誇りを持っていて、町村合併で財政規模が大きくなり福祉の向上が期待できるのではないかと水をむけても、「それは政治の問題であって、生活という文化の問題とゴッチャにしないでくれ」とニベもない答が返ってくる。どうやら「ふるさと」への愛着心と誇りが言わせているようだ。
日本人の「ふるさと」愛好度も似たり寄ったりではないだろうか。NHKの放送文化研究所がときどき「私の好きな歌」「後世に残したい歌」を調査するが、毎度、「ふるさと」がベスト3の中に入ってくる。長野オリンピックのフィナーレで歌われたのも「ふるさと」だった。
大森彌東大教授は「私が加わっている地方分権推進委員会も合併の住民投票を検討しているが、住民投票になれば余程のことがない限り合併は実現しないだろう。住民は現状に愛着を感じ、合併の必然性を感じないからだ」と語っている(日経新聞・5・12)。
私は、住民が「現状に愛着を感じ」ているのは、郷土愛やふるさと意識のほかに、「住めば都」の生活環境への慣れ、あるいは職業上の理由によるものが多いと思う。
それだけに大きな変更は望まないし、近頃の日本人は60歳までは「公情報」に無関心だという調査もあるので、高齢者介護やごみ処理を過不足なく処理するには、広域連合による目的別解決と町村合併による解決と、どちらがメリットがあるか、住民の負担はどうなるか、解決力はどちらがすぐれているか等を、比較し得るかぎりの一覧表を作って、「ふるさとの新しい顔」を紹介すべきだと思う。さもないと、住民ぬきの合併劇は悲劇に終わりかねない。
森の香りの正体とは・・? [ちょっと気になる素敵な文章]
宇宙飛行士ガガーリンは「地球は青かった」という名言を残した。それは、森林地帯から発して広く地球表面をおおう青い「もや」、ブルーへイズのことをいったものだろうと思われる。青い「もや」の正体はなんだろう。

森の中には特有のにおいがある。枯葉の匂い、土の匂い、それに樹々が発散するすがすがしい香りがある。この樹木が発するにおいは古くから気づかれ、宗教や哲学的思考とも結びついてきた。釈迦は、菩提樹の下で悟り、孔子は楷軒(かい)の木の下で教えを説いた。ギリシャの哲人たちの思考を見守ったのは、鈴懸(すずかけ)の木であった。
樹が発する香りの正体は、テルペン系物質である。テルペンは二千種類あまりが知られているが、ある樹が一種だけのテルペンをもつわけではなく、何種類かをあわせもっていて、樹によってその組み合わせが違うため、樹によって香りも違う。ブルーへイズの正体はこれである。
森林が発するテルペンが、健康、とくに神経系、循環器系、呼吸器系などに良い影響を与えるということが、最近話題になっている。すでにロシア(ソ連)やヨーロッパで森林を治療保健施設に利用し、「森林療法」が盛んになりつつある。(只木良也・森は生きている より抜粋)

































